そして、たとえ内定をもらっていても、上条さんや内定者訪問で訪ねたオフィスの皆さんがステキでも、保険会社にだけは入社するなと諭したい。もうしんどい就活をしたくないうえにハピネス生命に心酔している私はなかなか首を縦に振らないだろうけれど、自分で自分の頬ビンタしてやってでも、1年前の私に「はい」と言わせてやる……。右回し蹴りで応戦されそうだな。こう見えて私は元空手部部長だ。
ポケットに入れていた携帯電話が鳴る。メールだ。発信元は別のオフィスにいる同期だった。こっそりとデスクの下で見る。
「みかんちゃん、元気? 生きてる? 今月のノルマ、マジで無理。死にそう。入社したころに戻りたい。今度、同期で呑みたいな」
皆、荒んでいる。メールの2行目が「生きてる?」だもん。
「生きてるよ、かろうじて。私もノルマ無理すぎて病む。また呑みたいよ」
素早く送信して入社したころに思いを馳せる。あのころだけが楽しかった。
ノルマのための営業地獄で
友人グループから強制「退会」
壁の成績一覧、自分の名前の上に契約がないのを見ると、やはり焦る。また私のせいでオフィス長が怒鳴られたらどうしよう。各オフィスにあてがわれたノルマ、それをチーム数で割り、さらにチーム内で勤続年数によって請け負い分を決める。1年目の私の請け負いは、5年目や10年目の人に比べたら微々たるものだ。けれど、それすらこなせずチームの人に私のできない分を埋め合わせしてもらっている……申し訳ない。それならいっそのこと友だち……と、魔が差してしまいそうにもなる。皆、私が保険屋になったことを知らないから連絡が来ないだけで、実は、友だちのあの子もこの子もみんな保険の加入を考えているのでは……と。
「どうしてイニシャル(身近な人)に勧めるの嫌なの? 大事な存在なんでしょう。なら、保険に誘ってあげなくちゃ」
「……へ?」
「だって、友だちが病気で苦しむところ見たくないでしょう? 保険に入っておけば、もしものときに困らなくて済むのよ。若いほうが保険料も安いし」
「でも……」
「ねぇ、なにか勘ちがいしていない? 自分のノルマや成績のために友だちに迷惑かけちゃうとか思っていない?」
「それは少し……思います」
「フフッ……そうじゃねぇから。保険は私らのためじゃなく友だちのために勧めるの、友だちが困ったりしないように、だから、友だちが大事なら保険を勧めまくらなくちゃダメなんだよ」
その言葉に、目から鱗が落ちた。なるほど。ノルマのためじゃない、友だちのため。あとから成績やノルマがついてくるだけ。それなら声をかけたって問題がない。そう思うと、この数カ月、押し殺してきた罪悪感が消えた。