病院を抜けて虎風荘に戻った息子と
父がすごした短くも宝物の時間

 ……やっぱり。私は電話を切るともう一度深呼吸し、部屋へ戻りました。

「ビールとC.C.レモン持ってきておいたよ。ここに置いておくね」

「良かった、ありがとう」

 慎太郎は満足して目を閉じました。私は真之と目を合わせて頷きました。慎太郎は今、ここではない場所にいる。だから私たちも一緒に同じ場所に行こう、と。

 さらに数日後、今度は真之を呼んで言うのです。

「お父さん、24番のユニフォームさ、今、高木さんに預けてるんだよね」

 高木さんとは、もちろん虎風荘の当時の寮長さんのことです。

「大事なものだから、受け取ってきてくれない?」

 そう言われた真之は、よし分かったと言って部屋を出ていき、しばらく間をおいてから、「ここに置いておくぞ」と戻ってくると、慎太郎は安心して目を閉じるのでした。

 ある朝などは、急にハッと目を覚まして、大きな声で、 「しまった!」と叫ぶので、私も真之も何事かとベッドに駆け寄ると、慎太郎は半身を起こそうとしながら周囲を見渡しています。

「今、何時!?」

「7時だよ」

「7時!?しまった、寝坊した!」

「どうして、どこ行くの」

「練習!遅刻する」

「待って待って慎太郎、今日は練習ないよ」

「え?」

「今日は練習お休みだって、コーチから連絡きたの、覚えてない?」

「そうだっけ」

「そう。だから今日は寝てていいんだよ」

書影『栄光のバックホーム』(幻冬舎)『栄光のバックホーム』(幻冬舎)
中井由梨子 著

「なんだ……そっか、遅刻したかと思った」

「大丈夫。今日はお休み」

「そっか……良かったあ……」

 そうして、心底ほっとした表情で目を閉じ、深い眠りに戻っていきます。

「ここを虎風荘だと思っとるんだな」

「そうね」

 真之は慎太郎の髪を優しく撫でてやりました。二人は呼吸を共にした日以来、長年埋まらなかった父と子の絆を急速に満たすように心と心が近づいているようでした。