心拍数のモニターとベッド写真はイメージです Photo:PIXTA

2023年シーズンのプロ野球は、阪神タイガースの38年ぶりの日本一で幕を閉じた。この年の7月に脳腫瘍で世を去った横田慎太郎の闘病は、阪神ファンだけでなく多くの人の記憶に残っている。グラウンドへの復帰を夢見ながら戦い続けた横田と家族の姿とは。※本稿は、横田慎太郎さんの母・横田まなみさん視点のエピソードをもとに綴られた中井由梨子『栄光のバックホーム』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。

食事中の誤嚥をきっかけに
意識不明の危篤状態に陥った

 神戸のホスピスでの親子3人の生活は、発病して以来初めての安らぐ時間だったかもしれません。しかし頭の片隅にはいつも慎太郎を覆い尽くす病の影がありました。

「呼吸を司る部分に小さな腫瘍があり、それが命取りになるかもしれません……」

 先生の言葉を時々思い出し、否定し、また思い出して、を繰り返していました。

 5月のゴールデンウィークが明けた頃でした。

 夕食を食べていた慎太郎が、誤嚥をしてしまったのです。飲み込んだ瞬間、激しく咳き込み、止まらなくなりました。慌ててドクターを呼び、処置が始まりましたが、なかなか飲み込んだものを吐き出せず、苦しみ始めました。次第に看護師さんたちもバタつき始め、私は胸騒ぎがしました。嫌な予感がします。私の母が他界した原因が誤嚥でした。そして今、慎太郎は腫瘍のために呼吸器が弱っている……。もしかしてこのまま……。嫌な妄想は走り出して止まりません。

 予感は的中し、慎太郎はあっという間に意識不明の危篤状態に陥ってしまったのです。私はパニックになりました。ホスピスに来てまだ1カ月。早い。あまりにも早すぎる……!まだ、まだ逝かないで!

 慎太郎の体は次第に呼吸がしづらくなり、血中酸素濃度がどんどん下がっていきます。数値が60を切ったらもう危ないと言われており、その数字にみるみる近づいていきました。看護師さんが私を見ました。

「お姉さんを呼んでください」

 真子を?もしかして、その時が来てしまったということ?まさか、本当に……?

 その瞬間、真之(横田選手の父)がいきなり慎太郎の体に飛びつき、肩をがっちりと掴むと慎太郎に向かって叫びました。

「慎太郎ー!呼吸しろー!!息を吐け、吐くんだ!」

 物凄い剣幕でした。一瞬、ドクターも看護師さんも唖然として真之を見つめました。

「慎太郎ー!!!」

 真之は慎太郎の顔に自分の顔を近づけて怒鳴りました。するとその怒鳴り声が聞こえたかのように、慎太郎がカッと目を開いたのです。真之はそれを見るとますます大声で叫びました。