しかしかろうじて目も見え、耳も聞こえていたので、たくさん話をしようと心がけました。危篤と聞いて真子が東京から飛んできて、慎太郎が寝た後で家族会議をしました。とにかく、今はこの3人が運命共同体。3人のうち誰かが倒れてもいけないから、体調だけには絶対に気をつけよう!と誓い合いました。まるで大会前の部活のチームメイトのようでした。これほど家族の結束が強くなるなんて、普通の生活をしていたら味わえなかったかもしれません。
「せっかく会えるんだから、いろんな人を呼ぼうよ」
真子がそう提案し、私たちは一斉に慎太郎の親しい人に連絡を取り始めました。
近しい親戚、阪神球団の方々、引退後にお世話になった方々、お友達……。連絡先が分かる方々に限られましたが、なるべく多くの方に来てもらおうとお声がけしました。
特に球団の皆様は、本当にたくさんの関係者、選手の方々が忙しい合間を縫って駆けつけてくださいました。川藤幸三さん、田中秀太さん、北條史也選手、髙山俊選手、熊谷敬宥選手他、親しかった大勢の選手の皆さん。
慎太郎は目を閉じている時のほうが多かったのですが、耳はしっかり聞こえているようで、皆の会話をちゃんと聞いていました。そのおかげでにわかに部屋は活気づき、慎太郎も息を吹き返したように見えました。
皆さんが帰った後、夕方になって慎太郎が私を呼びました。
「お母さん、食堂の冷蔵庫にビールあると思うから、取ってきて」
「え?」
「瓶ビールと、C.C.レモンがあったと思う」
私は真之と顔を見合わせました。ホスピス1階の冷蔵庫には、個人の私物は入れられません。しかもビール……? なんの話をしてるんだろう……?首をかしげましたが、慎太郎が早く、と急かすので、「分かった、取ってくるね」と、私は部屋を出ました。ああは言ったものの、どうしようかとロビーのソファにいったん座って、ちょっと深呼吸してみました。息子はいったいなんのことを言ってるんだろう……?ビール……?
「あ……」
ハタと思いあたり、球団の宮脇さんに急いで電話をかけてみました。
『ああ!もしかしてそれ、寮の食堂の冷蔵庫のことですかね!金本監督がいつも選手のためにビールを冷やしておいてくれてたんですよ。練習の後の夕食は、ビールを飲んで時間かけて食えって言ってね。そのことを言ってるんじゃないかな、横田は』