「すべての科学研究は真実である」と考えるのは、あまりに無邪気だ――。
科学の「再現性の危機」をご存じだろうか。心理学、医学、経済学など幅広いジャンルで、過去の研究の再現に失敗する事例が多数報告されているのだ。
鉄壁の事実を報告したはずの「科学」が、一体なぜミスを犯すのか?
そんな科学の不正・怠慢・バイアス・誇張が生じるしくみを多数の実例とともに解説しているのが、話題の新刊『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』だ。
単なる科学批判ではなく、「科学の原則に沿って軌道修正する」ことを提唱する本書。
今回は、科学者が自分の研究をより良く見せようとする「誇張」の実態についての本書の記述の一部を抜粋・編集して紹介する。
学術誌で急増している「ポジティブな表現」
学術誌でポジティブな表現が急増していることは、誇大広告がプレスリリースやポピュラーサイエンスの書籍にとどまらず、科学者の論文の作成方法にも浸透していることを物語る。
科学界では、こうした誇大広告は、政治の言葉にならって「スピン」と呼ばれることが多い。
2010年のある分析では、NULLの結果になったランダム化臨床試験(試験対象の治療法とプラセボで差がなかった臨床試験)の代表的なサンプルについて、スピン※がどの程度含まれているかを調べた。
その結果、論文のアブストラクトの68%および本文の61%に、臨床試験で失敗したにもかかわらず、その治療法の利点を強調しようとする部分があった。
また、論文の20%はすべてのセクション(イントロダクション/序論、メソッド/手法、リザルツ/結果、ディスカッション/考察)に少なくとも1つのスピンがあり、18%はタイトルにもスピンが含まれていた。
「有意水準に近づいている傾向」有意でないp値を、わざとあいまいに表現
科学論文でよくあるスピンは、有意でないp値について、わざとあいまいな表現をすることだ。
(中略)ある結果が「統計的に有意」だと宣言するためには、普通はp<0・05でなければならない。
統計学者のマシュー・ホーキンズは出版された論文から、p値が明らかにその閾値を超えているにもかかわらず、著者が有意な結果を強く望んでいることがわかる例を挙げている。
「かなり有意である」(p=0・09)
「有意に有意である」(p=0・065)
「統計的有意性をわずかに逃している」(p=0・0789)
「有意の前後で推移している」(p=0・061)
「統計的有意性の限界にきわめて近い値を示した」(p=0・051)
「絶対的に有意ではないが、ほぼそうである」(p>0・05)
科学に横行する誇張の実態
科学のスピンについては数多くの論文があり、それぞれの分野の現状を明らかにしている。
たとえば、産科・婦人科の臨床試験のうち15%は、有意ではない結果をあたかも治療の効果を示しているかのように見せている。
ガンの予後検査に関する研究の35%は、有意でない結果をあいまいにしてわかりにくくするためにスピンを使っていた。
複数の一流学術誌に掲載された肥満治療の臨床試験の47%に何らかのスピンがおこなわれていた。
抗鬱薬と不安神経症の治療薬の臨床試験について報告している論文の83%が、研究デザインに関する重要な限界を議論していない。
脳機能イメージングの研究に関するレビューは、相関関係を因果関係に誇張することが「横行」していると結論づけている。
スピンのなかには、不正行為に発展したり、少なくとも重大な機能不全にいたったりするものもある。
2009年のレビューによると、中国の医学誌に掲載されたランダム化対照試験と称する研究のうち、実際にランダム化をおこなっているのはわずか7%だった。
(本稿は、『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』の一部を抜粋・編集したものです)