本当にこの仕事を続けていて、自分は幸せになれるのか。そんなふうに感じている人は、実は少なくない。その一方で、天職を見つけた多くの人が、実は偶然にその仕事と出会っていたことを知る人も少ない。その偶然を起こすために、できることがある。そう唱える一冊が、計画的偶発性理論(プランドハプンスタンス理論)で著名なJ・D・クランボルツなどが著した『その幸運は偶然ではないんです!  夢の仕事をつかむ心の練習問題』だ。必要なのは、キャリアプランなどではなく、ほんの少しの勇気。さて、人生を変える方法とは?(文/上阪徹)

その幸運は偶然ではないんです!Photo: Adobe Stock

幸運や偶然は、行動するから起こる

 そもそもおかしいと思っていた人は、少なくないのではないか。学校を卒業するタイミングでは、社会のことはまるでわかっていない。にもかかわらず、社会に出て何をするかを、それまでに決めておかないといけないのだ。世の中の仕事のすべてを知らないのに、どうやって仕事を選べというのか……。

 そんな思いからも共感が強まったのだろう。もうキャリアプランはいらない、とメッセージする『その幸運は偶然ではないんです! 夢の仕事をつかむ心の練習問題』は、2005年の発売から版を重ね、すでに19刷のロングセラーになっている。

 著者はスタンフォード大学の教育学・心理学の教授であり、キャリアカウンセリングの先駆者。カウンセリングを通じ、満足いく仕事に出会った人が、実は予想外の出来事などによって天職に出会うという幸運をつかんでいたことを知った。

 では、その幸運はなぜ起きたのか。それを紐解くことによって、「幸運は偶然ではない」と示してくれる1冊なのだ。45人の実例と、章ごとに自分を振り返る「練習問題」がつけられている。

 第6章「行動を起こして自分の運をつくりだす」で、著者はこう記す。

ある日、だれかが電話をしてきて、完璧な仕事をくれないだろうか、そんなふうに思ったことはありませんか? 願いをもつことで、おもしろい空想ができます。願望が害を及ぼすことはありません──ただ願っているだけでない限りは。
願い以外にあなたがすること、
それが重要な部分です。納得のいく仕事を見つけるチャンスを増やすために行動を起こすことで、自分の運をつくりだすことができるのです。(P.150)

 求められるのは、行動だ。みんなが同じように毎日24時間を与えられている。それをどう使うかは、一人ひとりなのだ。過去のことをくよくよ考えて時間を過ごすか。それとも、チャンスをつくるために積極的に行動するか。

 幸運や偶然は、行動するから起こる。しかもそれは案外、近くにあったりする。

 45人の実例のうちの1人、ウーキーのケースが紹介されている。ウーキーは百貨店で中間管理職的名ストア・マネジャーとして働いていた。毎日が同じことの繰り返しのように思えて、自分の仕事はあまり好きではなかった。そんな彼に転機がやってくる。

チャンスは遠くにあるわけではない

 ウーキーの実話は2ページにわたって書かれているが、あらましはこうだ。ウーキーは、大学で歴史を専攻していた。19世紀の産業のカギを蒸気機関が握っていたのと同じように、現代のカギはコンピュータが握っていると考えていた。

 コンピュータ関連の仕事に就きたいと思っていたが、知識も経験もなく、転職活動は難しいと考えていた。

 そんなある日、フィアンセに言われる。

「自分の会社のIT部門に言って、仕事がないかどうか聞いてみたらどうかしら?」

 あまりに単純な発想にびっくりしたが、可能性はあるかもしれないと思った。物は試しと早速、支配人に相談に行くと、たった5分でIT部門への異動が決まった。すばらしいキャリアチェンジになった。

何年間もよい仕事をしていながら、あまり認められなかったり、評価されたりしない人もいます。疲れ果ててしまって、何かほかのことを試したくなる人もいます。一方で、とても貴重がられていて上司が手放さない人もいます。
惰性は、これ以上とどまるべきで
ない場所にあなたをとどめてしまいます。変化に必要な行動を起こすことができるのはあなただけです。(P.163-164)

 そんなことが起こるはずがない、と勝手に思ったり、そんなことをするのは恥ずかしいと思い込んだり。しかし、そういう発想がいかに可能性の芽を摘んでいるか。

 この文章を書いている私は、3000人以上の取材経験があるが、多くの人が、空から降ってきたようなチャンスを手に入れていたわけではない。チャンスは遠くにあるわけではないのだ。意外にも身近に潜んでいたのである。

 第7章「まず仕事に就いて それからスキルを学ぶ」では、著者はこう記す。

現代の大きな迷信のひとつに、ある職業に就く前に、その仕事ができるように訓練を受けなくてはならないということがあります。特定の教育的な準備を必要とする仕事もいくつかありますが、最初のトレーニングで必要なことすべてを学ぶことは不可能です。最も貴重なレッスンは、仕事を通して学ぶことのほうが多いのです。(P.184)

 実際のところ社員にしても、異動したら経験がないところからのスタートになる。経験がないからできない、などと言う人は誰もいない。実際、45人の実例の中から、思わぬ偶然から経験のなかった仕事を手に入れたビクトリアのケースが紹介されている。

自分のスキルを過小評価すべきではない

 ビクトリアの実話は1ページで書かれているが、あらましはこうだ。

 イギリスからアメリカに引っ越してきて、仕事を探していた。時間を持てあましていたので、ひまつぶしと健康維持のためにスポーツクラブに入会することにした。

 そのジャグジーで、女性と仲良くなった。女性は銀行に就職したばかりだった。その銀行では、さらにスタッフを雇う必要があり、未経験でもトレーニングを容易にしてくれるという。

 採用担当者に連絡してみると、仮採用で雇われることになった。3ヵ月で正社員になり、この銀行に勤めている間に会計のスキルを学んだ。その会計スキルを活かして、ベンチャーでオンラインの会計の仕事をし、そこで学んだHTMLを専門に、今は仕事をしている。

会社が求人広告を出すとき、彼らは応募者に望むスキルをいくつもリストアップします。これは、雇う側が希望するもののリストです。しかし、あなたがリストされているすべてのスキルを持っていないからといって、応募しない理由にはなりません。会社は、基本的には“仕事に貢献してくれる人”を探しているのです。(P.189)

 気さくで、他の人々とのコミュニケーションを取ることができ、学ぶ熱意を持っているなら、あなたはほとんどの会社が望む最も重要な条件をすでに備えている、と著者は説く。自分のスキルを過小評価すべきではない、と。

最初から仕事のやり方を完璧に知っている必要はないのです。彼らはあなたに学んでほしいと思っています。より方法で仕事ができるようにあなたに教えたいとも思っています。あなたが提供しなくてはならないのは、学ぶ意欲です。(P.190)

 経験がないからといって、実は尻込みをする必要はない。この文章を書いている私はかつて、採用広告の制作をしていたが、企業側は実はそれほど杓子定規ではない。優秀だと思える人材が来れば、間違いなく採用する。

 スキルがないから、と行動をあきらめてしまったなら、人生は何も起こらない。とにかくアクションを起こすことだ。その大事さを、本書は教えてくれる。

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『ブランディングという力 パナソニックななぜ認知度をV字回復できたのか』(プレジデント社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。