価値観が多様化し、先行き不透明な「正解のない時代」には、試行錯誤しながら新しい事にチャレンジしていく姿勢や行動が求められる。そのために必要になってくるのが、新しいものを生みだすためのアイデアだ。しかし、アイデアに対して苦手意識を持つビジネスパーソンは多い。ブランドコンサルティングファーム株式会社Que取締役で、コピーライター/クリエイティブディレクターとして受賞歴多数の仁藤安久氏の最新刊『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』は、個人&チームの両面からアイデア力を高める方法を紹介している点が、類書にはない魅力となっている。本連載では、同書から一部を抜粋して、ビジネスの現場で役立つアイデアの技術について、基本のキからわかりやすく解説していく。ぜひ、最後までお付き合いください。
人は正しさでは動かない
4つ目の、アイデアにブレーキをかけている思い込みは、先述したホームランというような「大きさ」ではなく、「正しさ」を求めすぎてしまうというものです。ここでは、私の新人の頃のエピソードを紹介します。
ある日、アイデアを出せない私を見かねた先輩が、私を会議室に呼び出しました。そして、いきなりこう言ったのです。
「極端なことを言えば、キミの場合、学生時代に身につけたものは、全部忘れたほうがいいね」
突然の言葉に、返答できない私に先輩の話は続きます。
「キミは、これまで『いい子』として生きてきたと思う。勉強もそこそこできたし、先生からも気に入られてきただろう。学級委員とかもやったかもしれない」
たしかに、どちらかと言えば私は「いい子」だったし、学級委員をやったこともあった。こうすれば先生や親も喜ぶだろう、と思って、上手に振る舞ってきたところもある。それがどうしたと思っていると、先輩は続けます。
「でも、そういう奴ほど、最初につまずくんだ」
さっぱりわかりませんでした。これまでの自分を否定されたようで、頭にきてもいました。そんな私の気持ちもお構いなしに、先輩の話は続きます。
「なぜか、わかるか。『いい子』だったキミは、おそらくこういうことを言っていたと思うんだよ」
そう言いながら、先輩は、ホワイトボードにいくつかの言葉を書きました。
「廊下は走ってはいけません」
「いじめは、しない、させない、ゆるさない」
「ダメ、ポイ捨て。学校も街もきれいにしよう」
もちろん、そのままの言葉ではないけれど、私は同じようなことを言ってきたし、ポスターにも書いてきた気がした。何も言い返せないでいると、先輩はさらに続けました。
「どれも間違ったことは言っていない。むしろ、正しいことだろう。けれど、『正しい』だけでは人は動かない」
先輩は、どうだ、と言わんばかりの顔で私のほうを見つめています。
「廊下を走ってはいけないことも、いじめをしちゃいけないことも、掃除をちゃんとしたほうがいいことも、みんな知っている。だけど、できていない。ここに僕らの仕事の本質があると思うんだ」
これは、コピーライティングも、アイデアを出す、ということも同じことだと思うのだけれど、と先輩は言いながら、
「どれだけきれいな言葉を並べても、どんなにうまく言ったとしても、彼らを変えることはできないだろう」
「人の行動を変える、という目的があるならば、必要なのは正しさではない。美しい言葉でもない。そして、上手な言い回しでもない。ホントに人の行動が変わるほど、大きくココロを動かさなければいけない」
こんなことを話してくれました。
ココロを動かすアイデアとは?
考えてみれば、まさにそうで、人は「タテマエ」よりも、「ホンネ」に耳を傾けるし、「正しい」ことより、「楽しいこと」「怖いこと」「嬉しいこと」「自分にとってメリットのあること」などにココロは動くものです。
私は、友達や家族の前では思いや気持ちに素直に向き合い、先生の前では「先生はこういうものを求めている」と想像していい子を演じるように、自分を切り替えて生きてきました。
そして、社会人になっても、先生の前でうまく対処できていた自分を、仕事にも応用しようとしていたのです。そして、先輩たちに怒られないように、正しいアイデアを出そうとしていました。
しかし、そんな思考から生みだされたアイデアは、面白いわけもなく、自分で見てもつまらないものでした。これでは人は動かせない、とわかっているから、ひとつもアイデアを出せなくなっていたのです。
この章の冒頭で触れた、私が駆け出しの頃に取り組んだファストフードチェーンの話には続きがあります。アイデアをひとつも持っていくことができず涙した私に対して、先輩は考えるヒントを出してくれました。
「ファストフードチェーンの抱えている問題は理解しているよね」と先輩が言いました。
「キミは不健康だ、と思われている現状を、健康だと嘘を言おうとしたから苦しかったんじゃないか?」
でも、そういうお題でしたよね、と私が言うと、「俺は学校の先生じゃないよ」と返されました。
どういうことなのでしょうか。しばらく呆気にとられていると先輩は続けました。
「キミが見るべきは、俺ではない。課題をまっすぐに見ることだ。課題は、ファストフードが不健康な食べ物だ、と思われてしまい来店者数が減っている現状をコミュニケーションで解決することだよね。決してファストフードは健康であるという嘘を喧伝することではない。そう捉えてみると、どうだろうか」
たしかに、ファストフードが世の中に存在していい価値とは何か、というアプローチで考えてみるとアイデアの糸口は見えてきそうです。「健康と不健康」という軸ではなく、そのファストフードを見つめる違う軸を提案するようなことも考えられます。
真の課題を再設定せよ
たとえば、「楽しいとつまらない」という軸。
ハンバーガーで言えば、「手づかみで食べること」「口の周りを汚しても、無作法ではなくむしろ微笑ましく見えること」「外で食べたらよりおいしい」など、かしこまった料理よりも、ファストフードだからこその「認めてもらえる価値」が見えてきます。
「こんな楽しい料理、他にない」とまで、言えるかもしれません。
ここでの学びは、正しいことを言うから人は動くわけではない、ということに加えて、最初に設定された課題を正しいと信じ込むのではなく、自分がアイデアを届けたい相手をまっすぐに見つめて、真の課題を再設定するということです。
このことは、日々の仕事に追われているとおろそかになりがちです。私たちの会社を、Queと名付けたのも、ここへの戒めでもあります。
課題を出されたときに、いきなり答えを考えはじめるのではなく、本当の課題は何かと疑い、質問を投げかけていくことこそが、いいアイデアを生みだすための近道でもあるのです。
(※本稿は『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社Que 取締役
クリエイティブディレクター/コピーライター
1979年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
2004年電通入社。コピーライターおよびコミュニケーション・デザイナーとして、日本サッカー協会、日本オリンピック委員会、三越伊勢丹、森ビルなどを担当。
2012~13年電通サマーインターン講師、2014~16年電通サマーインターン座長。新卒採用戦略にも携わりクリエイティブ教育やアイデア教育など教育メソッド開発を行う。
2017年に電通を退社し、ブランドコンサルティングファームである株式会社Que設立に参画。広告やブランドコンサルティングに加えて、スタートアップ企業のサポート、施設・新商品開発、まちづくり、人事・教育への広告クリエイティブの応用を実践している。
2018年から東京理科大学オープンカレッジ「アイデアを生み出すための技術」講師を担当。主な仕事として、マザーハウス、日本コカ・コーラの檸檬堂、ノーリツ、鶴屋百貨店、QUESTROなど。
受賞歴はカンヌライオンズ 金賞、ロンドン国際広告賞 金賞、アドフェスト 金賞、キッズデザイン賞、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。2024年3月に初の著書『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』を刊行する。