交戦してはいけない 

 普段から気を配っていても、殺傷事件に巻き込まれない可能性はゼロではありません。では、刃物を振りかざす人間に遭遇したとき、どのような対応を取ればよいのでしょうか。先ほど言ったように、最も大切なのは初動です。ここで、その後の結果が大きく変わります。

 警察官は至近距離から刃物で急襲されたときの対処法の訓練をします。そこで徹底的に叩き込まれるのも初動の動きなのです。

 それは、モノで犯人の刃物を叩くことです。モノというのは、外出先では身につけているバッグや買い物袋などです。交番では、机の上にメモ板が置いてあることが多いのでそれらが使えます。

 初動で最優先されるのは、相手の第一撃を防ぐことです。したがって、ここでの叩くという動作は攻撃ではなく防御を目的とします。その際に、攻撃の軌道から自分の体を外すことが重要です。とても高度な話になりますが、凶器を叩きながら自分の体を犯人に対して閉じて正面を見せないようにできると攻撃を受ける確率を下げることができます。

 相手の第一撃を交わしてもまた襲ってくる場合、基本的にはこの動きを繰り返すことになります。よほど武道の修練を積んでいる人でない限り、打突や投げで相手を制止しようとしないほうがいいでしょう。かえって危険です。

 私は警察官で武道経験があるので、いざとなったらタックルなどで相手を制止することも考えますが、一般の方は控えてください。アメリカの国務省が出しているテロ対策では「ラン(Run)・ハイド(Hide)・ファイト(Fight)」という原則が掲げられています。まず、走って逃げる、次に隠れて身の安全を確保する、そして、最終手段として戦うとしているのです。犯人検挙や正義のためにファイトすることは、絶対にやめてください。あくまで何もしなければ座して死を待つのみという状況になった場合のためのファイトです。欧州の国々では、「ファイト」を勘違いする人がいることを懸念して、「ラン・ハイド・テル(Tell)」と通報を呼びかけるだけで、攻撃は推奨していないくらいです。まずは逃げることを考えてください。