「絶対儲かる」「投資の必勝法」ネットにあふれる投資術で本当に儲かるのは誰か?『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第87回は、ネットにはびこる「絶対儲かるチャート分析法」にツッコミを入れる。

短期トレードに必須の備え

 投資部の先輩の富永大貴はFX(外為証拠金取引)では経済指標などを重視するファンダメンタルズ分析よりもチャートなどから売買のタイミングを見極めるテクニカル分析の方が有利だと説く。

 景気や企業業績を分析するファンダメンタルズか、チャート分析中心のテクニカルか。どちらが「正解」という話ではないが、一般論として、中長期の株式投資や債券投資では前者、FXなどの短期勝負のトレーディングでは後者が重視される。

 過去の値動きから将来を予測することは不可能だ。そんなことができるならAI(人工知能)で必勝法が編み出せるはず。ネット上には「絶対儲かる」とチャート分析法を売り込む広告が溢れるが、絶対に儲かるのは「必勝法」を売っている業者だけだ。

 それでも、FXや株式の短期トレードをやるならチャート分析の知識は必須だろう。それは勝つためというより、負けないための備えだ。ポイントは富永の言う「感情を捨てて機械的に」にある。チャート分析は過熱・売られ過ぎを判定する経験則の蓄積だ。いわゆる「ダマシ」が多いので万能ではないが、傲慢や恐怖心の克服には役に立つ。

 メンタルコントロールと並んで大事なのは「みんなが見ている」こと。実際、為替相場や株価はチャート分析上の節目の前後で立ち止まったり、値動きが加速したり、不規則な動きになるケースが多い。テクニカル分析は多くの市場参加者が共有する枠組みだ。他のプレイヤーの思考や行動が推測できた方がトレードに有利なのは当然だろう。

 ファンダメンタルズの分析が短期のトレードに役に立ちにくいのは、他者より優位に立つのが難しいからだ。雇用統計の結果が事前予想より良いか、悪いか、プロのエコノミストでも予測できない。結果に賭けて勝負して勝っても、それは丁半博打でしかない。

「代替データ」で経済を先読み

漫画インベスターZ 10巻P160『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 ネットで瞬時に情報が広がる時代にあって、ファンダメンタルズ分析で差を付けるには並大抵の労力では足りない。その主戦場は「オルタナティブ(代替)データ」と呼ばれる分野に移り、政府や中央銀行すら凌ぐ情報戦の場と化している。

 クレジットカードや小売のPOSデータ、スマホの利用履歴、衛星画像、SNSの投稿などリアルタイムで把握できるビッグデータから、経済の実勢を読み解く最先端の手法だ。当然、それらの情報は有料で、機関投資家に提供する専門業者もいる。

 英大手ヘッジファンドのキャプラ・インベストメント・マネジメントは、2022年春から加速した米国のインフレの動向を先取りするため、公式統計の発表前から消費や賃金関連の多様なデータを収集。アドバイザーの元FRB首脳とともにデータを分析し、高インフレの持続の中で起きる歴史的な大幅利上げを読み切って大きなリターンをあげた。

 今は日本の物価について東京大学の渡部努教授と共同で同様の取り組みを進めているという。詳しくは私のチャンネルのキャプラ共同創業者・浅井将雄氏のインタビューを参照願いたい。今の円安進行の理解の一助にもなるだろう。

 ファンダメンタルズにしろ、テクニカルにしろ、要点は他の市場参加者との情報戦にある。そして、個人投資家がそこで優位を築くのは容易ではない。自信がないなら、「長期・積立・分散」を軸に草食系の運用を目指した方が無難だろう。

漫画インベスターZ 10巻P161『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 10巻P162『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク