三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第50回は「新NISAの落とし穴」に注意を呼びかける。
眠ったお金はただのゴミ?
ベンチャー投資で挫折した主人公・財前孝史に、投資部主将の神代圭介は失敗の原因は巨額の現金を遊ばせていた投資家としての無神経さにあると指摘する。財前は初心にかえり、初代キャプテンである曽祖父の龍五郎の「金ハ鰯ノ如シ」という金言を読み返す。
お金は「使うのは意外と難しい」うえに「眠らせておいたらただのゴミ」だと神代は説く。お金を死蔵すれば、いわゆる機会損失が膨らむという発想だろう。ただし、お金を遊ばせないことにこだわりすぎると、落とし穴が待っているかもしれない。キャッシュをどう扱うか、2つの視点から考えてみたい。
2024年からNISA(少額投資非課税制度)のつみたて投資枠(旧つみたてNISA)の上限が年40万円から120万円に広がった。ネット上では「毎月10万円、全額使い切る」という威勢の良い声をみかける。そこまで行かなくても、できるだけ積立額を上乗せしたいと考える人は多いだろう。
だが、「せっかくだからできるだけ枠を使いたい」という焦りのような思いがあるなら、立ち止まって再考した方が良い。投資可能な金額と、投資すべき金額が同じとは限らないからだ。特にNISAで投資デビューをする人は、背伸びは禁物だと私は考える。
投資をすれば、大事なお金が日々、増えたり減ったりする。幸か不幸か、今はスマートフォンで損益が常時チェックできる。その心理的な影響は無視できない。もうかっても損しても、落ち着かないほど日々の気分にインパクトがあるようなら、おそらくリスクを取りすぎている。慣れるまでは投資金額をセーブした方が良い。
キャッシュにも「出番」がある
そうした「もったいない」とは別の視点で、私自身は「投資したつもりの現金」をある程度キープするアプローチを取っている。具体的には金融商品で運用する資産の数%程度をキャッシュポジションにしている。原資は月々の積立額の一部と、計画よりも構成比が上がってしまった商品の売却(いわゆるリバランス)で浮いた資金だ。
現金部分は金利もつかないから神代に言わせれば「ゴミ」なのだが、私としては遊ばせている感覚はない。出番が来るまで待つのがこれらのキャッシュの「仕事」だからだ。出番とは、何らかのショックによる相場の暴落だ。
株式相場の先行きは予測不可能だし、その時々の株価が割高か、割安かは誰にも分からない。だが、経験則として、ごく短期で何割というペースで急落した株価は復元するケースが多い。その時を待って、急落に買い向かう形で待機させておいたキャッシュを投入する。
ちなみにこの15年ほどで「出動」したのは2008年のリーマン・ショックと2020年のコロナショックだけだ。現金として眠っていた間に得られたはずのリターンとのバランスを考えると、投資戦略としてさほど有効なわけではないと思う。
しかし、暴落に買い向かうのはスリルがあって、反発した時には気分が良い。不安心理が高まりがちな暴落時に「ついに待ちに待った買い場が来た」とスイッチが入るのもメリットのひとつだろう。
現金に力を持たせることは、常にほぼフルインベストメント(全額投資)を求められるプロと違った個人の強みでもあると私は考える。