「退職してもFXはやらない」プロの為替ディーラーが口をそろえて語る理由Photo:Getty Images / boonchai wedmakawand

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第8回は、利益確定や損切りなど、投資をめぐる「法則」について論じていく。

「個人でやって勝てる気はしない」

 初めて投資したゲーキチ株が急騰した主人公・財前孝史。早期売却を指示する投資部主将の神代圭介は、投資に際して「一切の感情を捨てろ!」「自分の上に法則を置け」と説く。財前は、機械的な利益確定と損切りの「法則」に抵抗を示す。

 15年ほど前、「損切り」をテーマに、第一線で活躍する為替ディーラー数人に取材したことがあった。個人の株式投資やFX(外国為替証拠金取引)では、損失を抱えたポジションを手つかずにする、いわゆる「塩漬け」が悩みの種になりやすい。読者にプロのノウハウを参考にしてもらおう、という趣旨の企画だった。

 条件は様々だったが、長年市場で生き残ってきたベテランディーラーはそれぞれの機械的な「法則」を持っていた。社内のリスク管理の規定が「法則」として働いているケースもあった。

 ある欧州系金融機関のディーラーは「月単位で損失が一定額を超えたら、その月はトレードを自粛する」という「法則」を持っていた。損を取り返そうと躍起になり、冷静さを失って大ヤケドしかねないという戒めだった。

 ちなみに、インタビューした為替ディーラーたちは「たとえ退職しても、個人の資金ではFXはやらないと思う」と口をそろえた。調査部門も含めたチームで市場に張り付き、情報や資金量で個人に対して大きなアドバンテージを持つプロでも、勝つのは容易ではない。「個人でやって勝てる気はしないし、『他人のお金』でもこんなにプレッシャーがかかるのに、心身がもたない」と話してくれたディーラーもいた。

「損切りなんて簡単、本当に難しいのは…」

「退職してもFXはやらない」プロの為替ディーラーが口をそろえて語る理由『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 オフレコ取材だったのでインタビュー企画には盛り込めなかったのだが、その時に取材したある外資系ファンドのディーラーの印象的な言葉が耳に残っている。「損切りなんて簡単だ。ルール通りにポジションを外せばいいだけ。本当に難しいのは利益確定だ」。そう語る彼のトレードの勝率は2割程度。取引の8割は「損切り」で終わるけれど、勝った2割で大きく利益を膨らませるので、全体ではかなりのプラスの収益が残るという。

 市場の流れに沿って取引する、いわゆるトレンドフォロー型スタイルをとる彼は、利益確定サイドには機械的な「法則」を置いていなかった。成功したトレードでしっかり利益をとらないと、損切りでたまった「借金」を取り戻せない。ギリギリの判断で利益確定したら、「『その後の行方』は見ないようにしている。『ポジションをキープしていれば、もっと利益が出ていたのに』と気づくのが嫌だから」と笑った。

 私自身は積立投資が基本で短期のトレードはやらないので、損切りや利益確定について特段の「法則」はもっていない。

 ただ、収益がプラスになっている投資については「今の利益の半分は幻だ」という心づもりをしている。たとえば、ある投資信託で100万円の含み益があったら、「もうけ」は50万円しかないと自分に言い聞かせる。

 この心構えは、利益が目減りした時の心理的インパクトを和らげるのが狙いだ。行動ファイナンスの知見によると、損失は利益の2倍、心が痛む。「元から幻だった」と思っておけば、相場が急変した時にも慌てないで済む。無論、100%、心が痛まないわけではないが……。

 案の定、調子に乗った財前の投資デビューはゲーキチ株急落で波乱の展開となりそうだ。数億円単位の浮き沈みから、彼は何を学ぶのだろうか。

漫画インベスターZ_2巻P7『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ_2巻P8『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ_2巻P9『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク