人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。
「舌がピリピリする」
2013年10月、ツナ缶から社内基準を超えるヒスタミンが検出されたとして、加工食品メーカーが600万個以上の商品を自主回収すると発表した(1)。
少数の消費者から「舌がピリピリする」といった連絡があり、これが調査の契機になったという。
なぜ、缶詰の中にヒスタミンが多く含まれていたのだろうか?
実は、原料となったカツオには必須アミノ酸の一つ「ヒスチジン」が多く含まれ、これが細菌の持つ酵素の働きでヒスタミンに変化したのである。
ヒスチジンとヒスタミンの構造は非常によく似ている。
ヒスチジンは、カツオやマグロ、ブリ、サンマ、イワシなどの赤身魚に多く含まれる栄養素の一つである。
一方のヒスタミンは、体内でさまざまな情報伝達を担う物質で、特にアレルギー症状の原因として有名だ。
人体とは自然界に存在する有機物に他ならない。ヒスタミンのように、自然界に存在するありふれた物質が体内で重要な働きをしていることは、何ら意外ではないのだ。
高濃度のヒスタミンを摂取すると、顔の赤み、じんましん、頭痛、発熱など、アレルギーそっくりの症状が引き起こされる。
アレルギー反応が生じた際に体内でつくられる物質を、体外から取り込んでも同じ症状が起きるというわけだ。
この現象を、「ヒスタミン食中毒」と呼ぶ。
ヒスタミン食中毒は、日本国内で報告があるだけでも年間100~400人程度に発生している。
保育園や学校での給食が原因で大規模なヒスタミン食中毒が起こることもあり、厚生労働省と消費者庁は再三注意を促している(2・3)。
ヒスチジンがヒスタミンにひとたび変化して食品内に蓄積すると、たとえ加熱しても食中毒を防げない。ヒスタミンは熱に強い化合物だからだ。
したがって、ヒスタミンを産生する細菌と酵素の働きを抑えるため、魚を購入した後はすみやかに冷蔵することが大切だ。
また、ヒスタミン産生菌はエラや消化管に多く存在するため、これらを早めに除去することも推奨される。
高濃度のヒスタミンは、口に入ると唇や舌にピリピリした刺激を引き起こすことがある。食品にこうした異常を感じた際は、食べずに処分しなければならない。
アレルギー症状の原因
ヒスタミン食中毒は、症状がアレルギーにそっくりではあるが、「アレルギー」ではない。
そのため、ヒスタミン食中毒を起こしたことのある人でも、ヒスタミンが増えていない食品であれば何も症状はない。
カツオを食べてヒスタミン食中毒を起こしたからといって、「カツオにアレルギーがある」わけではない。
アレルギーとは、免疫の働きによって体にさまざまな症状が起こることを指す。
免疫は本来、細菌やウイルスなどの外敵が体内に侵入した際、これを撃退する働きを持つシステムだ。
ところが、花粉やダニ、卵や蕎麦等の食物など、体に有害とはいえない異物にまで免疫が過剰に反応してしまうことがある。これをアレルギー反応と呼ぶ。
アレルギーの症状が現れるまでのプロセスは、少し複雑だ。まず、侵入してきた異物に対し、それぞれ固有の抗体がつくられる。
抗体とは、免疫システムが外敵を攻撃するためにつくる武器と考えるとよい。
蚊には蚊取り線香、ゴキブリにはゴキブリホイホイを使うように、敵の性質、形状に特化した武器で攻撃するのが効果的だからだ。
アレルギーに関与する抗体は、「IgE抗体」と呼ばれるタイプである。
異物に対してIgE抗体がつくられ、これが「マスト細胞」という細胞と結びつくと、マスト細胞内に含まれるヒスタミンなどの物質が放出される。
これがヒスタミンH1受容体に結合し、アレルギーの症状を引き起こすのだ。
アナフィラキシーの危険性
全身に激しい反応が起こると、血圧が下がる、意識がなくなるなどの重篤な状態に陥ることがある。
これを特にアナフィラキシーと呼ぶ。空気の通り道である気道に重度の反応が起こると、気道の粘膜が腫れて塞がってしまうことがある。
あっという間に呼吸ができなくなって窒息し、死に至ることもある。
なおヒスタミン食中毒は真のアレルギーのように重症化することは少ないが、アレルギーと同じく、抗ヒスタミン薬等の治療が有効だ。
ヒスタミン食中毒は、人体のしくみを知ることで病気の成り立ちが理解できる好例である。
【参考文献】
(1)日本経済新聞(2013年10月11日)「はごろも、シーチキン672万個回収 アレルギー物質で」
https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1105L_R11C13A0CR8000/
(2)厚生労働省「ヒスタミンによる食中毒について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000130677.html
(3)消費者庁「ヒスタミン食中毒」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/food_safety/food_safety_portal/other/contents_001/
(本原稿は、山本健人著『すばらしい医学』を抜粋、編集したものです)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)
外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に19万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。新刊『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)は3万8000部のベストセラーとなっている。
Twitterアカウント https://twitter.com/keiyou30
公式サイト https://keiyouwhite.com