人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【外科医が教える】塗り薬、吸入薬、経口避妊薬、筋肉増強剤…さまざまな種類の「ステロイド」は何が違う?Photo: Adobe Stock

さまざまな「ステロイド」

「ステロイド」と聞くと、炎症を抑える目的で使う、塗り薬や吸入薬、飲み薬などを想像する人が多いだろう。

 一方、ドーピング問題で話題になる筋肉増強剤をイメージする人もいるかもしれない。実はこれらは同じ「ステロイド」ではあるが、全く異なる種類のホルモンだ。

 ステロイドとは、「ステロイド骨格」と呼ばれる構造を持つ化学物質の総称である。したがって、全く異なる作用を持つ化学物質を「ステロイド」と総称できる。

 メタノールやエタノール、プロパノールなどを「アルコール」と総称するのと同じである。 さて、ステロイド骨格を有する化学物質は、体内にも、自然界にも広く存在する。実は、コレステロールもステロイド骨格を持つ物質だ。

女性ホルモンと男性ホルモン

 体内ではコレステロールを原料に数々の「ステロイド骨格を持つホルモン(ステロイドホルモン)」がつくられる。主にステロイドホルモンがつくられる場所は、副腎皮質や精巣、卵巣である。

 一般に女性ホルモンと呼ばれる卵胞ホルモン(エストロゲン)や黄体ホルモン(プロゲステロン)、男性ホルモンの一つ、テストステロンなどは、よく知られた名前だ。

 これらの「性ホルモン」は、生殖器の形成や性機能の維持、妊娠の準備や継続に関わるなどの重要な作用を持ち、卵巣や精巣から分泌されている(一部の性ホルモンは副腎皮質からも分泌される)。

 一方、副腎皮質から分泌され、ホルモンとして機能するステロイドも数多くあるが、特に活性が強いのは、アルドステロンとコルチゾールである。

副腎皮質ホルモンの働き

 アルドステロンとコルチゾールの働きは、高校生物で学ぶ知識である。名前は少し複雑でわかりにくく思えるが、その働きを理解するのは難しくない。

 順を追って説明しよう。

 まず、アルドステロンの主な働きを「電解質(鉱質)コルチコイド作用」という。腎臓に働きかけ、ナトリウムやカリウム等の電解質の調節に関わる作用だ。

 一方、コルチゾールの主な働きを「糖質コルチコイド作用」という。その名の通り、糖新生(タンパク質や脂質から糖を合成する作用)を促し、血糖値を上げるなどの作用が主だが、炎症を抑えるという独特の作用も持つ。

ホルモンを人工的に合成する

 かつて多くのホルモンが動物や人の体から抽出され、構造と機能が解析されてきた。今では、その多くが製剤として人工的に合成できるようになっている。

 例えば、インスリンは膵臓から分泌されるホルモンだが、今や遺伝子組み換え技術により人工的に大量生産が可能となり、インスリン製剤として糖尿病の治療に利用されている。

 製剤として人工的に化学合成することの利点は、大量生産が可能なことだけではない。人体で生成されるホルモンからヒントを得て、一部の構造を変化させ、特定の機能を強化したり、副作用を抑制したり、といった改良が可能になることも大きな利点だ。ホルモン製剤に、ホルモンそのもの以上のパワーを持たせることができるのだ。

 さて、一般に「ステロイド製剤」として多くの人が思い浮かべるのが、「糖質コルチコイド作用を強化させた合成ステロイド」である。

 例えば、デキサメサゾンやプレドニゾロンといった合成ステロイドは、生体内にあるコルチゾールの数倍から数十倍もの糖質コルチコイド作用を持ち、炎症を抑える薬として特化された製剤だ。

 デカドロン、プレドニン、リンデロンなどさまざまな商品が販売され、軟膏、飲み薬、注射薬、吸入薬など、実に多彩な剤形で利用されている。

 むろん、その働きを想像するとわかる通り、血糖値を上昇させる副作用がある。その他にも、高血圧や、顔に脂肪が沈着して起こる満月様顔貌(顔が大きく丸くなる)など、さまざまな副作用が知られている。

経口避妊薬(ピル)のしくみ

 他の製剤とうまく併用しつつ、副作用を最小限に抑えた使用が肝要な薬だ。 一方、ステロイドホルモンとして全く異なるもう一つのカテゴリー、性ホルモンについても、さまざまな種類の合成ステロイドが薬として用いられている。

 エストロゲン製剤、プロゲステロン製剤、テストステロン製剤などがそれである。 例えば経口避妊薬(ピル)は、エストロゲン製剤とプロゲステロン製剤を配合した飲み薬だ。

 エストロゲンやプロゲステロンは本来、脳からの刺激によって卵巣から分泌される女性ホルモンである。経口避妊薬が投与されると、身体はこれらのホルモンが十分にあると判断し、脳から卵巣への刺激を中断することで、排卵が抑制される。

 これが妊娠を防ぐ効果につながるのだ。

人類の進歩と「再発見」

 一方、男性ホルモンであるテストステロンは、男性の生殖機能を維持するほか、タンパク同化作用(タンパク質をつくり出す作用)によって筋肉の成長を促すなどの働きがある。

 筋肉増強剤として世界アンチ・ドーピング規程で禁止物質にあげられるアナボリックステロイド(タンパク同化ステロイド)は、このテストステロンと同種の、タンパク同化作用を強化させた合成ステロイドである。

 単に「ステロイド」というだけでも、その種類はこれだけ複雑だ。

 だが、いずれも人体には欠かせない大切な作用を持っているのである。何より興味深いのは、人類が「ステロイド」という貴重な物質を製剤として利用し始めるよりはるか悠久の昔から、私たちは既に自らの体内にそれを「持っていた」という事実だろう。

 一見すると私たち人類は、その叡智によって数々の特効薬をゼロからつくり上げてきたと思えるかも知れない。だがその多くは、人体をはじめ、既に自然界に存在したものの「再発見」なのである。

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学を抜粋、編集したものです)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)
外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に19万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。新刊『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)は3万8000部のベストセラーとなっている。
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