人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【人命を奪う恐ろしい病気】悪化すると胃の壁を貫き、胃に穴が開くと内容物がお腹の中に漏れて「腹膜炎」になる…最悪の場合、大出血を起こして死に至る「消化性潰瘍」とは?Photo: Adobe Stock

胃潰瘍と手術の痕

 外科医として診療していると、「若い頃に胃潰瘍で胃を切った」という高齢者に少なからず出会う。

 お腹にはたいてい、みぞおちから臍の近くまで縦に大きな傷があり、確かに胃の手術を受けた痕跡であることがわかる。

 ところが、こうした経験を持つ患者の数は、ある年齢層を下回ると途端に激減する。今となっては、「胃潰瘍が原因で胃切除を受けた若い人」を見ることはめったにない。

 胃潰瘍は今や、飲み薬で治癒する病気だからだ。 だが、私たちが当たり前のように享受している、この恵まれた「常識」が実現したのは、実はほんの最近である。

潰瘍はなぜできるか?

 胃は、胃液という消化液を分泌する。その量は一日約二リットルに及ぶ。胃液は水素イオン(H+)と塩化物イオン(Cl-)を豊富に含むため、胃には塩酸(HCl)が分泌されているといえる。

 これによって胃内はpH1という極めて強い酸性の環境である。この酸は、口から飲み込んだ微生物を殺菌するとともに、胃に入ってきた食べ物を溶かし、消化酵素によって分解されやすくするなどの働きを持つ。

 胃の消化酵素はペプシンと呼ばれ、食べたものに含まれるタンパク質を分解する。胃から分泌されたペプシノゲンという前駆体が、胃酸の働きによって活性を持つ型に変化したのがペプシンである。

 さて、ここで一つの疑問が生じる。なぜ、胃自体が酸によって溶かされないのだろうか?

 それは、胃の粘膜を覆うアルカリ性の粘液が酸を中和し、粘膜の表面だけはpH6~7の弱酸性に維持されているからだ。

 逆にいえば、この防御機構が少しでも弱まれば、粘膜は塩酸にさらされることになる。こうなると粘膜に炎症が起き、表面がえぐれて潰瘍になる。

 胃に起これば胃潰瘍、十二指腸に起これば十二指腸潰瘍である。これらをまとめて「消化性潰瘍」と総称する。

 私たちは、食べ物を消化するために強酸を必要とする一方で、酸から身を守るための機構も同時に必要とする。ここには意外にも危ういバランスが存在するのだ。

 消化性潰瘍は、悪化すると胃の壁を貫くこともある。これを「穿孔」という。胃に穴が開くと内容物がお腹の中(腹腔内)に漏れ、重篤な腹膜炎を引き起こして生命に関わる。

 また、潰瘍が深くなると、壁の中を通る太い血管が切れて大出血を起こし、死に至るケースもある。

 とにかく消化性潰瘍は、適切に治療されなければ容易に人命を奪う恐ろしい病気なのだ。

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学を抜粋、編集したものです)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)
外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に19万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。新刊『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)は3万8000部のベストセラーとなっている。
Twitterアカウント https://twitter.com/keiyou30
公式サイト https://keiyouwhite.com