錦織圭、マリア・シャラポワ、大坂なおみ、ネリー・コルダ……指導した数々の選手を世界トップレベルに導いてきたトレーナー界のカリスマ、中村豊。彼に指導を受けた選手たちは、アスリートとして大幅なステップアップを遂げています。
中村はトレーニングによってのみ身体能力が向上するわけではなく、必要なのは「トレーニング」「リカバリー」「栄養」の3つのメソッドだと語ります。そして、この3つを適切に行えば、一般の人でも身心が健全に整い、若さを持続できると主張するのです。その実践方法を分かりやすく具体的にまとめたのが、中村の初著書『世界最高のフィジカル・マネジメント』です。本連載では同書からトレーニングについて、最新のトレンドを紹介していきます。
現代のトレーニングでは、強度や量、効果などを数値化して評価・検証し、最適化を目指すことがトレンドです。今回はその代表例として、心拍数(bpm)をコントロールして行う最強のトレーニング・プログラムをご紹介します。
運動強度を5つのZoneに区分
このトレーニング・プログラムでは、ある運動を行ったときの心拍数(bpm)が、その人の最大心拍数(通常は220から年齢を引いた数字)の何%程度になるかで、運動強度を5つのZoneに区分します。
【図1】および下記の区分をご覧ください。Zone1~5の心拍数を使い分けると、アスリート並みのハードなトレーニングを目指すのか、あるいは日常の体力・持久力アップを目指すのかなど、目的に応じたトレーニングが可能となります。
【Zone1】最大心拍数に対して50~60%の心拍数の運動。かなり軽めのトレーニングで、ストレッチや準備運動、あるいはジョギングに入る前の軽いウォーキングなどがこのカテゴリーに入ります。効果としては運動不足の解消、身体の新陳代謝が期待できます。
【Zone2】最大心拍数に対して60~70%の心拍数の運動(酸素を使ってエネルギーを作り出す有酸素運動領域)。軽めのジョギング、サイクリング等がこのカテゴリーに入ります。効果としては生活習慣病の予防、またこのゾーンから脂肪燃焼が始まります。
【Zone3】最大心拍数に対して70~80%の心拍数の運動(有酸素運動の最適領域)。ジョギング、バイクにおいて少し疲れを感じるくらいの強度で、息が上がってにじんでくる状態です。効果としては脂肪燃焼、運動能力の向上も期待できます。
【Zone4】最大心拍数に対して80~90%の心拍数の運動(酸素を使わずにエネルギーを作り出す無酸素運動領域)。筋肉が疲労し、呼吸も荒くなり、きつい感覚になってきます。効果としては心肺機能の向上や筋力アップが期待できます。
【Zone5】最大心拍数に対して90%を超える運動(無酸素運動限界領域)。呼吸がかなり苦しくなり、身体も限界状態になります。一般の方はこのゾーンに5分以上留まらないように注意してください。効果としては、瞬発力やスピードの向上が期待できます。
これら5つのゾーンから目的に合ったものを選んで身体に刺激を与えれば、自分の潜在能力を引き出すことができます。
ジョギングを日課としている方は多いことと思います。ジョギング中にダッシュしてスピードアップを加えたり、途中でウォーキングに切り替えたりすると、バリエーションが増えてトレーニング効果が高まります。
僕のメソッドでは、トレーニングはできるだけ単調にならないようにして、身体に刺激を与えることがカギとなります。同じトレーニングを続けていると身体は慣れてしまい、成長曲線を描かなくなるのです。
そのため運動に強弱をつけ、身体を飽きさせないことが必要になります。年齢を重ねるにつれ、スローテンポへと徐々に移行しながらも、常に異なる刺激を与えるように工夫しましょう。
最強のトレーニング・プログラム
【図2】はZone2~4を用いたスタミナ・心肺機能系のトレーニング例です。これはジョギングでもバイクでも同様に用いることができるものです。このプログラムを参考に様々なトレーニングパターンを取り入れてみてください。
各プログラムのなかに、「歩く」というインターバルを入れることが重要です。具体的には、歩いたり、バイクを軽く漕いだりする程度でいいのですが、心拍数は必ず「Zone1」に当たる50~60%まで落としてください。トレーニングは、身体に負荷をかけ続けるよりも、インターバルを挟んだほうがより効果的であることが実証されています。
このトレーニング・プログラムは、僕が実際にアスリートに課しているものと同じメニューです。たとえばアスリートが「Zone4」の「プログラム6」を行う場合、400メートルのトラックを用います。そして、トラック1周を1分で走ってもらいます。かなり全力疾走に近い形です。その後2分歩いてまた400メートル走る。これを7本続けるのがかなりきついトレーニングであることはご想像いただけるでしょう。
【図2】のなかで5分「運動」とあれば、5分のうちに目標の心拍数に達すればOKです。5分間ずっと心拍数を保つ必要はありません。
年齢によっては「Zone4」のトレーニングはちょっときつすぎるかもしれません。その場合は、時間を半分にしてください。とにかく強度の強いトレーニングも含めることが大事です。身体を刺激して最大出力を試すことが、自らの潜在能力を目覚めさせるのです。
(本記事は、『世界最高のフィジカル・マネジメント』から一部を抜粋・編集して掲載しています)
ストレングス&コンディショニングコーチ
1972年生まれ。高校卒業後アメリカにテニス留学。スポーツトレーナーという職業に興味を持ち、カリフォルニア州チャップマン大学で運動生理学、スポーツサイエンスを学ぶ。1998年、サドルブルック・テニスアカデミーのトレーニングコーチに就任。2000年、女子テニスプレーヤー、ジェニファー・カプリアティのトレーナーに就任し、翌年世界No.1に導く。2004年よりIMGアカデミーに所属し、錦織圭のトレーニングを14歳から20歳まで受け持つ。2011年よりマリア・シャラポワの専属トレーナーに就任。シャラポワの黄金期を7年間支える。2020年6月、大坂なおみの専属トレーナーに就任。わずか2ヵ月でスランプに陥っていた大坂を再生させ、全米、全豪と立て続けのメジャータイトル奪取に貢献。世界のプロスポーツ界で最も注目されるフィジカルトレーナーのひとり。トレーナーとしての豊富な経験と知識を生かし、一般の人に向けた入門書『世界最高のフィジカル・マネジメント』を上梓した。