錦織圭、マリア・シャラポワ、大坂なおみ、ネリー・コルダ……指導した数々の選手を世界トップレベルに導いてきたトレーナー界のカリスマ、中村豊。彼に指導を受けた選手たちは、アスリートとして大幅なステップアップを遂げています。
中村はトレーニングによってのみ身体能力が向上するわけではなく、必要なのは「トレーニング」「リカバリー」「栄養」の3つのメソッドだと語ります。そして、この3つを適切に行えば、一般の人でも身心が健全に整い、若さを持続できると主張するのです。その実践方法を分かりやすく具体的にまとめたのが、中村の初著書『世界最高のフィジカル・マネジメント』です。本記事では、その中村トレーナーが、日本人とアメリカ人の「健康」に関する最新状況をレポートします。
日本とアメリカは共に医療レベルが高く、またどちらの国民も高い健康意識を持っています。それでは、日本人とアメリカ人のどちらが健康なのか。日米での生活を体験し、トレーナーとして「健康」というテーマを日々追求している中村トレーナーが解説します。

アメリカには特に健康意識の高い層がいるPhoto: Adobe Stock

日本人は平均寿命も健康寿命も世界一

 僕はプロのトレーナーとして活動を続けるなかで、人間にとって本当に重要なのは心と身体の「健康」である、というごく当たり前の結論に行き着きました。そこで今回は、現在の自分の最大の関心事である「健康」というテーマについて、日米の比較をしてみたいと思います。

 まず分かりやすい比較として、平均寿命を取り上げてみます。今や日本は世界一の長寿国で、2023年のWHOの統計では84.3歳になっています。一方アメリカは78.5歳で世界40位です。ちなみに健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)においても日本は世界トップで74.1歳。アメリカはなんと69位で66.1歳。

 日本人が長寿であることについては様々な理由があると思いますが、まず食生活の影響が大きいのではないでしょうか。日本人は先進諸国のなかで、脂肪摂取量が飛び抜けて少ないのです。反対に魚介類や野菜は多く摂っています。

 また医療レベルが高い、ということも挙げられるでしょう。アメリカも医療レベルは高いのですが、国民すべてが高水準の治療を受けられるわけではありません。

 日本は国民皆保険制度により、比較的安い医療費で病院にかかることができます。一方アメリカの場合は健康保険を自分で買わなくてはいけないのです。日本のような健康保険制度が適用されるのは65歳以上の高齢者か低所得者層で、一般の人はお金を払って民間の医療保険に入るのです。アメリカの病院に行くと、一番最初に確認されるのが保険証の有無です。そして患者に支払い能力があるのかを判断してから診察を始めるのです。

 アメリカでは病院にかかると、高額の費用が生じます。前回の記事でお話ししたスポーツビジネスと同様に、医療もビジネスである、というのがアメリカ的な考えなのです。自分の身は自分自身で守るというのがアメリカ流なのです。

 それでは、僕自身の実感として日本人のほうがアメリカ人より健康的かといえば、そうとも言い切れない部分があります。それは、日常生活においてアメリカ人のほうがアクティブだと感じることが多々あるからです。その大きな違いは何かというと、日常的なスポーツへの取り組み方です。

アメリカのアッパー層の高い健康意識

 日本と比べてアメリカのほうが、よりスポーツが日常に溶け込んでいると感じます。多くのビジネスマンは週末にスポーツを楽しみ、日課としてジムに通っています。また、中学、高校、大学でスポーツに取り組む学生も日本より多い印象があります。

 競技指向のプレーヤーもいれば、レクリエーションとして楽しむことも盛んで、またスポーツ観戦も人気があり、必然的にスポーツへの関心が高くなっています。

 スポーツで身体を動かせば、新陳代謝が促進され、脳も活性化されます。運動、トレーニングを行うことで、その人間が持つエネルギーは必ずアップします。エネルギーに満ちれば思考もポジティブになり、成功への道も開かれる、こう考えるのがアメリカ流です。

 各地域にはトレーニングジムが点在していて、コミュニティのようになっています。だいたい同じ人が同じ時間に集ってきて、その場を共有するといった感じです。また様々な用途に合わせた器具が揃えられていて、腰が悪い、膝が悪いという人も負担をかけずにトレーニングが行える設備が整っています。

 また、テレビを見たり本や新聞を読んだりしながら運動したいというライト層のための、ランニングマシンやエアロバイクなども充実しています。

 ちょっと面白い傾向なのですが、トレーニングへの取り組み方には男女差があります。男性は黙々とトレーニングにいそしむのに対し、女性はジムに集団性を求めます。そのため女性会員にアピールするにはエアロビクスやヨガといった集団で行えるトレーニングを組み込む必要があります。これは男性と女性で明確に異なる部分で、トレーナーとしても男女がジムに求める要素はかなり違うと実感します。

 また日本と比べて、アメリカのほうが健康意識が高いアッパー層は厚いと感じます。彼らは日頃からスポーツを楽しみ、ジムに通うことが日常になっています。食への意識も高く、素材にこだわり栄養のバランスを考え、カロリー計算にも余念がありません。心も身体も健全であるがゆえに活力がみなぎり、ビジネスにも精力的に取り組め、経済的にも豊かになれるというわけです。

 こういった健康という観点から見たアッパー層は、日本よりアメリカのほうが多いと感じています。

(本記事は、『世界最高のフィジカル・マネジメント』の著者が書き下ろしたものです)

中村 豊(なかむら・ゆたか)
ストレングス&コンディショニングコーチ
1972年生まれ。高校卒業後アメリカにテニス留学。スポーツトレーナーという職業に興味を持ち、カリフォルニア州チャップマン大学で運動生理学、スポーツサイエンスを学ぶ。1998年、サドルブルック・テニスアカデミーのトレーニングコーチに就任。2000年、女子テニスプレーヤー、ジェニファー・カプリアティのトレーナーに就任し、翌年世界No.1に導く。2004年よりIMGアカデミーに所属し、錦織圭のトレーニングを14歳から20歳まで受け持つ。2011年よりマリア・シャラポワの専属トレーナーに就任。シャラポワの黄金期を7年間支える。2020年6月、大坂なおみの専属トレーナーに就任。わずか2ヵ月でスランプに陥っていた大坂を再生させ、全米、全豪と立て続けのメジャータイトル奪取に貢献。世界のプロスポーツ界で最も注目されるフィジカルトレーナーのひとり。トレーナーとしての豊富な経験と知識を生かし、一般の人に向けた入門書『世界最高のフィジカル・マネジメント』を上梓した。