錦織圭、マリア・シャラポワ、大坂なおみ、ネリー・コルダ……指導した数々の選手を世界トップレベルに導いてきたトレーナー界のカリスマ、中村豊。彼に指導を受けた選手たちは、アスリートとして大幅なステップアップを遂げています。
中村はトレーニングによってのみ身体能力が向上するわけではなく、必要なのは「トレーニング」「リカバリー」「栄養」の3つのメソッドだと語ります。そして、この3つを適切に行えば、一般の人でも身心が健全に整い、若さを持続できると主張するのです。その実践方法を分かりやすく具体的にまとめたのが、中村の初著書『世界最高のフィジカル・マネジメント』です。本連載では同書からトレーニングについて、最新のトレンドを紹介していきます。
現代のトレーニングにおいては「数値化」が重要なポイントとなっています。トレーニングの強度や量、効果などを数値化して評価・検証し、最適化を目指すのです。その代表例が心拍数のコントロールです。心拍数に着目することで、非常に高いトレーニング効果が得られることを説明します。
トレーニングの最新トレンド「bpm」とは何か?
現代のトレーニングにおいて、最新のトレンドは「数値化」です。その代表的な方法が心拍数のコントロール。元々はプロアスリートのトレーニングの指標として用いられたものです。
トレーニングで、アスリートにどれだけ負荷がかかっているかを客観的に測る方法を模索するなかで、心拍数が注目されるようになったのです。今では心拍数のコントロールはかなり科学的に研究され、トレーニングに生かされています。
心拍数とは一定時間内に心臓が拍動する回数のことで、通常は1分間の回数を示し、bpm(beat per minutes)という単位で表されます。bpmは音楽のテンポを示すときにも使われるので、馴染みのある方も多いでしょう。
ジムであればランニングマシン、エアロバイクなどには心拍数を測る装置が大抵備えられています。またアップルウォッチ等のスマートウォッチには、必ず心拍数を測る機能がついています。これはジョギングなど運動中の心拍数チェックに最適です。また心拍数を測るだけの計測器なら手頃な価格で入手できます。
人間の1分間の心拍数の上限を「最大心拍数」と言います。最大心拍数は人によって異なりますが、基本的には加齢と共に減少します。おおよその最大心拍数は、220から年齢をマイナスすることで求められます。たとえば40歳の方であれば、180が最大心拍数の目安とお考えください。
ただし日常的にハードなトレーニングを繰り返し行うことによって、最大心拍数は上げることができます。そのため、アスリートの最大心拍数は一般の方より大きな数値になります。
トップアスリートの驚異的な身体能力
僕の指導したテニス選手のなかでは、デニス・シャポバロフの心肺機能は特別に優れていました。すべてにおいてスピードのある選手ですが、そのハイスピードの練習を4~5時間続けても動きの質が落ちないのです。実際に計測してみると200以上の心拍数で10分以上トレーニングを続けることができました。当時、彼は23歳だったので、一般の方であれば最大心拍数は220マイナス23で197となります。普通の人では達しえない心拍数で10分も動き続けるなど、ちょっとありえない能力で驚愕した覚えがあります。
しかし、世界にはさらに上がいるものです。僕の本拠地であるフロリダにあるIMGアカデミーのトレーニングジムでのことです。1980~90年代にテニスプレーヤーとして活躍し、世界ランク1位連続在位3位の記録を持つイワン・レンドルと話をする機会を得ました。彼の娘たちがIMGのゴルフアカデミーに在籍していた関係で、彼もトレーニングのためにIMGのジムを訪れていたのです。
僕はレンドルについて現役時代に「心拍数200の状態で30分バイクを漕いでいた」という伝説を耳にしていました。プロのトレーナーとして考えれば現実的にありえない話ですが、せっかくの機会だからと本人にその真偽を尋ねてみたのです。
彼の答えはこうでした。「Yes, Yes, I did that as well.(そう、そう、そんなこともやってたね)」と平然と言うのです。僕は生理学的に考えてとても無理では? と何度も確認したのですが、彼の答えは変わりませんでした。トップを極めたアスリートの底知れぬ力を目の当たりにした思いでした。
(本記事は、『世界最高のフィジカル・マネジメント』から一部を抜粋・編集して掲載しています)
ストレングス&コンディショニングコーチ
1972年生まれ。高校卒業後アメリカにテニス留学。スポーツトレーナーという職業に興味を持ち、カリフォルニア州チャップマン大学で運動生理学、スポーツサイエンスを学ぶ。1998年、サドルブルック・テニスアカデミーのトレーニングコーチに就任。2000年、女子テニスプレーヤー、ジェニファー・カプリアティのトレーナーに就任し、翌年世界No.1に導く。2004年よりIMGアカデミーに所属し、錦織圭のトレーニングを14歳から20歳まで受け持つ。2011年よりマリア・シャラポワの専属トレーナーに就任。シャラポワの黄金期を7年間支える。2020年6月、大坂なおみの専属トレーナーに就任。わずか2ヵ月でスランプに陥っていた大坂を再生させ、全米、全豪と立て続けのメジャータイトル奪取に貢献。世界のプロスポーツ界で最も注目されるフィジカルトレーナーのひとり。トレーナーとしての豊富な経験と知識を生かし、一般の人に向けた入門書『世界最高のフィジカル・マネジメント』を上梓した。