誤った目標を誤った手段で実現しようとした
異次元緩和は成功するはずなかった

 異次元金融緩和は、簡単に言えば「物価が上がればすべてがよくなる」という政策だ。

 具体的には、消費者物価の対前年比2%を目標値とし、政策手段として国債の大量購入を行なった。そして目標を2年間で達成できるとした。

 しかし、約束された「2年で2%」は、実現できなかった。

 ただし、円安と低金利が進んだ。その結果、日本は衰退した。経済成長は実現できず、日本はいまだに「失われた30年」から抜け出せずにいる。

 この数年間は消費者物価上昇率が高まったが、これは、異次元金融緩和によって実現したものではなく、世界的なインフレが輸入されたことによるものだ。物価高のために、国民生活は圧迫され続けている。

 異次元金融緩和の検証は、徹底的に行なわれる必要がある。なぜなら、それは誤った目標を、誤った手段で実現しようとするものであり、もともと成功するはずがないものだったからだ。

 物価上昇率を目標としたことについて。これは、「フィリップスカーブ」と呼ばれる経験則から導き出された考えだ。高い物価上昇率と低い失業率とは正の相関があるので、物価上昇率を高めれば、経済が活性化するとされた。

 しかし、フィリップスカーブの関係は単なる相関関係に過ぎず、因果関係を示したものではない。だから、物価上昇率が何らかの方法で引き上げられたとしても、それによって失業率が低下することには必ずしもならない。

 多くの場合、因果関係は「失業率が改善すると物価が上がる」ということだろう。

 アメリカのように労働生産性が上昇する経済では、「生産性が上昇して賃金が上昇し、そのため消費が増え、その結果、物価上昇率が高まる」という関係がある。実際、アメリカでコロナ禍からの経済回復の過程で起きたインフレは、こうした因果関係によってもたらされた。

 異次元金融緩和について、「物価が上がれば、なぜ賃金が上がるのか」という疑問は、多くの人が抱いたものだった。しかし、これに対しては、日銀からは「賃金が上昇せずに、物価だけが上昇するということは、普通には起こらない」という説明がなされた(2014年3月20日の黒田東彦日銀総裁の講演)。実質賃金の下落は、1990年代の後半から続いていた長期的な現象だったにもかかわらず、こうした説明がされたのだ。

国債買い入れでマネーの元は増えたが
マネーは増えず、物価も上がらず

 異次元金融緩和の第2の問題は、日銀が民間金融機関の国債を買い上げるという政策手段だ。これによって貨幣供給量が増え、物価が上がるとされた。しかし、このようなメカニズムは民間の資金需要が強い場合にしか実現しない。

 実際には、日銀が民間金融機関の国債を買い上げた結果、銀行が日銀に保有する預金が増えるだけの結果に終わった。この預金は「マネー」ではなく、「マネタリーベース」(マネーの元)だ。つまり、マネタリーベースが増えるだけで、銀行貸し出しというマネーは増えなかったのだ。だから、物価が上がるはずはなかった。

 以上のような意味で、異次元金融緩和は、全く正当性を欠く政策体系だった。それが失敗したのは当然のことだ。