春闘好調で単位労働コストが上昇
だが実質GDPは伸びていない
労働生産性が上昇しているかどうかは、「単位労働コスト」(ULC)と呼ばれる尺度で測定することができる。この概念は、輸入物価下落の影響を調べるために24年6月6日の本コラム「日本で企業の『強欲インフレ』が起きている?GDPデフレーターが明かす企業の利益増大」で用いたが、9月5日の本コラム「27カ月ぶりの実質賃金プラス転化は『消費者の負担』で実現した、長期にわたる継続はできない」で示したように、賃金の問題にも使うことができる。ここでは、その方向をさらに進めることにしよう。
まず、改めてULCの定義を示すと次の通りだ。
単位労働コスト(ULC)= 名目賃金報酬額 ÷ 実質GDP
最近の日本の単位労働コストの推移は、図表1に示す通りだ。
21、22年ごろにはあまり大きな変化が見られなかった。しかし、23年ごろから急激に上昇している。24年で上昇が特に著しい。単位労働コストがこのように大きく変動したのは、23年、24年の春闘で高率の賃上げが実現し、それが日本経済全体に波及したためだ。
だが一方で、実質GDPはこの間に目覚ましく増加したわけではない。GDPが伸びないのは、物価が上がるために消費者が支出を抑え、そのために家計消費支出が伸びないからだ。他方で賃金が上昇するために、単位労働コストが上昇したのだ。
従って23年、24年の賃金上昇は、生産性の上昇を伴わない賃上げだということになる。
他方で、物価が上昇して国民生活が困窮した。物価上昇に追いつくために、やむを得ず春闘で賃金を引き上げたのだ。
なお、20年にも単位労働コストは上昇しているが、これはコロナの影響だ。賃金があまり落ち込まない半面で、GDPが落ち込んだためにこうなった。
企業は利益を圧縮したか?
賃上げの原資は別のもので
労働生産性が向上しなくても、賃上げを行なうことは可能だ。
その第一の方法は、企業が利益を圧縮して、それを賃上げの原資にすることだ。仮に、このようなことが実際に行なわれたとすれば、賃上げ分だけ企業利益が減少しているはずだ。
これを確かめるには、国民経済計算(GDP統計)における営業余剰のデータが必要だ。しかし、ここで検討している期間についてのデータは、まだ公表されていない。
そこで、ここでは便宜的に、法人企業統計調査によって、法人企業の利益と賃金の推移を比較することとした。結果は図表2に示す通りだ。
ここに示すように、最近の時点では賃金は緩やかに増えてはいるものの、目立った変化ではない。それに対して、経常利益は著しい増加を示している。両者の伸び率はまったく異なり、利益が増える一方で賃金はあまり増えていない。このため賃金分配率が低下している。
このことから直ちに、「企業が賃上げのために利益を削っていない」と言うことはできないが、実際の賃上げの原資は利益の削減でなく、別のものであったと考えるのが自然ではないか?