37万部のベストセラーとなった『「学力」の経済学』(中室牧子著)から早9年。教育分野にはすっかり「科学的根拠(エビデンス)」という言葉が根付いた。とはいえ、ジャーナリストや教育関係者が「科学的根拠」として紹介しているものには、信頼性の低い研究も多い。
そこで、中室牧子氏がみずから、世界で最も権威のある学術論文誌の中から信頼性の高い研究を厳選、これ以上ないくらいわかりやすく解説した待望の新刊が発売された
「勉強できない子をできる子に変える3つの秘策とは?」「学力の高い友人と同じグループになると学力が下がる」といった学力に関する研究だけでなく、「小学校の学内順位は将来の年収に影響する」「スポーツをすると将来の年収が上がる」といった、「学校を卒業した後の人生の本番で役に立つ教育」に関する研究が満載。育児に悩む親や教員はもちろん、「人を育てる」役割を担う人にとって必ず役に立つ知見が凝縮された本に仕上がった。
待望の新刊『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の中から、一部を特別に公開する。

たった1枚のパンフレットが、親の意識と子どもの学力を上げたPhoto: Adobe Stock

育児に時間をかけたくてもできない親は
どうしたらいいのか

「親が子どもの教育にしっかり時間を割くことは重要だ」と頭で理解することはできても、そう簡単に時間を捻出することはできません。日本人は労働時間が長いですし、状況によっては、子どもの教育よりも仕事が優先されることもあるでしょう。

 このような中、デンマークで小学2年生の子どもを持つ約1500人の親を対象にした実験の結果は注目に値します(*1)。

 この実験で行ったことは、親にパンフレットを配るという非常にシンプルなものでした。子どもに読み聞かせをするときに参考になるという謳い文句とともに配られたこのパンフレットに書かれていたのは、次のような内容でした。

小学2年生の親に配られたパンフレットの内容

内容1 今は読み書きが苦手だったとしても、子どもの読み書きの能力は、読み聞かせなどを通じて、鍛えて伸ばすことができる。

内容2 子どもの読み書きの能力を高めるためには、読み聞かせをするときに、子どもに本の内容を要約させたり、質問をしたりすることが大切。子どもが面白がって、自発的に本を読む習慣を身に付けられるように促すこと。

内容3 読み書きの正確さを褒めるのではなく、子どもが本を手に取って、読もうとするという行為を褒めてあげること。

 これらのメッセージは、「成長マインドセット」(*2)の考え方に基づいています。

 成長マインドセットとは「努力することで能力を向上させることができる」と信じることです。成長マインドセットを持つ人は、失敗してもめげずに、粘り強く取り組む傾向があることがわかっています。

 つまり、このパンフレットは、親のマインドセットを変えることを企図して作られたものです。そして、親たちが「今現在の学力が低くても、子どもが本を読むことを継続すれば、必ず読み書きの力がついて、学力が上がる」と信じることができるように、さまざまな工夫が施されていました。

 このパンフレットには効果があったのでしょうか。

 パンフレットを受け取った親の子どもは、受け取らなかった親の子どもと比べて、3か月後の国語の学力テストの偏差値が2.6も高くなりました。7か月後にもう一度テストをしてみると、多少小さくなったとはいえ、その効果は持続していたこともわかっています。

 この実験が示したことは、一緒に過ごす時間の「長さ」だけが重要なわけではないということです。親が「子どもの能力というのは生まれつきのものではなく、努力によって変えることができる」という成長マインドセットを持つことで、子どもと過ごす時間の「質」を高め、実際に子どもの読み書きの能力を高めることに成功したのです。

 この発見は、親が十分な時間投資をできなくても、質を高めて限られた時間投資をより効果的なものにするための重要なヒントではないかと、私には思えます。

参考文献
*1 Andersen, S. C., & Nielsen, H. S. (2016). Reading intervention with a growth mindset approach improves children’s skills. Proceedings of the National Academy of Sciences, 113(43), 12111-12113.
*2 Yeager, D. S., & Dweck, C. S. (2012). Mindsets that promote resilience: When students believe that personal characteristics can be developed. Educational Psychologist, 47(4), 302-314.

(この記事は、『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の内容を抜粋・編集したものです)