37万部のベストセラーとなった『「学力」の経済学』(中室牧子著)から早9年。教育分野にはすっかり「科学的根拠(エビデンス)」という言葉が根付いた。とはいえ、ジャーナリストや教育関係者が「科学的根拠」として紹介しているものには、信頼性の低い研究も多い。
そこで、中室牧子氏がみずから、世界で最も権威のある学術論文誌の中から信頼性の高い研究を厳選、これ以上ないくらいわかりやすく解説した待望の新刊が発売された
「勉強できない子をできる子に変える3つの秘策とは?」「学力の高い友人と同じグループになると学力が下がる」といった学力に関する研究だけでなく、「小学校の学内順位は将来の年収に影響する」「スポーツをすると将来の年収が上がる」といった、「学校を卒業した後の人生の本番で役に立つ教育」に関する研究が満載。育児に悩む親や教員はもちろん、「人を育てる」役割を担う人にとって必ず役に立つ知見が凝縮された本に仕上がった。
待望の新刊『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の中から、一部を特別に公開する。

「早生まれは損をする」は本当か? エビデンスで明かされる衝撃の研究結果Photo: Adobe Stock

生まれ月の影響は、学力だけでなく
非認知能力や将来の年収にも影響を及ぼす

「プロスポーツ選手には4月生まれが多い」という話を聞いたことがある人は多いでしょう。同じ学年でも、4月生まれと翌年3月生まれとでは、約1年の歳の差があります。

 特に子どもの年齢が小さいうちは、1年の差はとてつもなく大きいものです。体格はもちろんのこと、情緒や精神面の発達にも差があることが知られています。

 同じ学年内の実年齢の違いは「相対年齢」と呼ばれます。たとえば日本では、4月生まれの子どもは相対年齢が高く、翌年3月生まれの子どもは相対年齢が低いということになります。相対年齢の高低がスポーツのパフォーマンスに与える影響については、多くの研究が行われてきました。

 イギリスとオランダのプロサッカー選手には相対年齢が高い人が多いことを示す研究は有名です(*1)。そして、サッカーに限らず、多くのプロスポーツについて、同様の傾向が認められてもいます。また、アメリカの大企業の社長や連邦議会議員には相対年齢の高い人が多いことも明らかになっています(*2)。

 相対年齢は子どもの学力にも影響を及ぼしています。国際比較可能な学力調査を用いた論文によれば、同じ学年内で相対年齢の一番高い子どもと一番低い子どもを、小学4年生時点の理系科目の学力テストの偏差値で比較すると、イギリスは3.6、アイスランドは2.8、ノルウェーは2.8、日本は3.2の差があることが示されていますから、相対年齢の影響はかなり大きいといえそうです(*3)。

 東京大学の山口慎太郎教授、サイバーエージェントの伊藤寛武氏と私が発表した論文では、埼玉県のデータを用いて、同じ学年の4月生まれの子どもと翌年3月生まれの子どもを比較しています(*4)。

 これによると、4月生まれの子どもは翌年3月生まれの子どもと比べて、小学4年生時点の算数の学力テストの偏差値が3.5、国語で3.6高いことがわかりました。中学3年生ではそれぞれ1.3と1.7まで縮小するものの、差はゼロにはなりません。

 そのため、埼玉県内のある自治体の協力を得て、高校入試にも影響があるかを調べました。分析の結果を見ると、4月生まれの生徒は翌年3月生まれの生徒と比べて、合格した高校の偏差値が4.7も高いことがわかりました。同程度の学力がある生徒同士を比較してもなお、1.4程度の差が生じていますから、この差はかなり大きいと言えます。

 学力の格差は、学年が上がるにつれて縮小していく一方、勤勉性、自制心、自己効力感などの非認知能力についても生まれ月の影響は大きく、学年が上がってもその差が縮まらないままです。

 しかも、東京大学の川口大司教授と専修大学の森智明准教授の研究によれば、相対年齢は最終学歴にまで影響していることが指摘されています。4月生まれの人は翌年3月生まれの人と比べて4年制大学を卒業する確率が男性は2ポイント、女性は1ポイントも高いというのです(*5)。

 また川口教授の別の研究では、4月生まれの人は翌年3月生まれの人と比べて、30~34歳時点の収入が4%高いことも明らかになっています(*6)。

 このように、生まれ月の影響は広範にわたるため、多くの先進国では、早生まれの子どもが保育所や幼稚園、小学校の入学時期を1年遅らせることができるようになっています。アメリカでは約10%の子どもが入学年齢を1年遅らせており、特に経済的に恵まれた家庭の親がこうした選択をしていることが知られています。

 日本にはこうした制度がないことは読者の皆さんもご存じのとおりですが、日本のように純粋に誕生日のみで入学する年が決まるという国は、いまや先進国の中では少数派となりつつあります。

 このせいもあってか、年間1800件を超える出生が、3月の最終週から4月の第1週にずれている可能性を指摘したのは、東京大学の重岡仁教授です。早生まれの不利を嫌う親が、何らかの方法を使って、出生日が4月2日以降になるように試みたのではないかと考えられます(*7)。

 海外のように入学時期を遅らせることができる制度を採用すればよいと思われるかもしれませんが、経済的に恵まれた家庭の子どもほど入学時期を遅らせる傾向があることを考えると、生まれ月の格差を縮小する代わりに家庭の経済力による格差を拡大させてしまう可能性もあります。このため、海外のような制度が真に望ましいかどうかは慎重な検討が必要です。

 それよりは、入試のような選抜の場面において、生まれ月を考慮するという方法には一考の余地があるかもしれません。実際に一部の私立学校では、たとえば4~9月生まれの子どもと、10~翌年3月生まれの子どもに等しく合格枠を用意するというような選抜方法が取られています。

 これ以外にも、出席番号を生まれ月順にしているという自治体もあります。これによって、教員が子どもの生まれ月を意識しやすくなり、早生まれの子どもが不利にならないように配慮することができるというわけです。

 このようにさまざまな工夫を凝らして、生まれ月の格差を縮小する取り組みが必要なのではないでしょうか。

参考文献
*1 Dudink, A. (1994). Birth date and sporting success. Nature, 368(6472), 592.
*2 Du, Q., Gao, H., & Levi, M. D. (2012). The relative-age effect and career success: Evidence from corporate CEOs. Economics Letters, 117(3), 660-662.
*3 Bedard, K., & Dhuey, E. (2006). The persistence of early childhood maturity: International evidence of long-run age effects. Quarterly Journal of Economics, 121(4), 1437-1472.
*4 Yamaguchi, S., Ito, H., & Nakamuro, M. (2023). Month-of-birth effects on skills and skill formation. Labour Economics, 84, 102392.
*5 川口大司・森啓明「誕生日と学業成績・最終学歴」『日本労働研究雑誌』49巻12号(通号569)、29-42頁、2007年
*6 Kawaguchi, D. (2011). Actual age at school entry, educational outcomes, and earnings. Journal of the Japanese and International Economies, 25(2), 64-80.
*7 Shigeoka, H. (2015). School entry cutoff date and the timing of births. NBER Working Paper No. 21402.

(この記事は、『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の内容を抜粋・編集したものです)