一方で無職世帯では、食料品とは対照的に住居関係の実質支出は、前年同月比39.6%増という極めて高い増加率になっている。特に住宅や庭などの修繕や維持の「設備材料」は121.3%の上昇率だ。これはどうしても必要な支出だからだろう。

 ところが家具・家事用品は、どちらのタイプの世帯でも、実質の伸びがマイナスになっている。勤労者世帯では-14.4%、無職世帯では-6.5%だ。こうしたものは緊急に買う必要はないので、価格が高騰したために買い控えていると考えられる。

 とりわけ無職世帯の場合、家事用耐久財は-38.3%、一般家具は-30.1%、室内装備装飾品は-25.0%だ。

 なお、ホームヘルパーなどの家事サービスについては、勤労世帯が-23.2%なのに対して、無職世帯は10.3%増となっている。勤労者世帯では、家族メンバーが比較的若いために、家事サービスを頼む必要性はそれほど高くない。それに対して無職世帯の場合には高齢者なので、これがどうしても必要だという事情を反映しているのだろう。

 このように、全般的には、無職世帯では支出を切り詰める傾向が強いが、修繕費や家事サービスのようにどうしても必要なものに対しては、価格が高くても支出を増やさざるを得ない状況になっていることが分かる。

「物価が上がれば経済は改善」!?
誤った想定での金融緩和、家計調査データが裏付け

 こうした家計調査の結果は、日本銀行の大規模金融緩和政策の評価に関して、重要な意味を持つ。

 日銀は、大規模金融緩和を進めるにあたって、「ノルム」という概念を持ち出した。「人々が物価は上昇しないと考えれば、いつでも買えるので、商品が売れなくなる」という考えだ。この考えに従って、物価がいずれ上がるという予想を人々がもてば、商品が売れて経済が改善されるとした。

 しかし、無職世帯で実際に起きているのは、これとは全く逆のことだ。

 物価が上がれば、当面、必要がないものは買い控える。だから、支出が減るのだ。それだけではない。食料品のように生きていくために必要なものでさえ、実質支出を切り詰める。

 物価が上がると支出が増えるものもあるが、それは修繕費や家事サービスのように、どうしても必要だから購入せざるをえないからだ。

 この場合には、前と同じサービスを得るための支出が増えるのだから、家計は貧しくなることになる。こうしたことが、少なくとも2人以上の世帯の3割強で起きているのだ。

 日銀の金融緩和政策は、誤った想定に基づいたものだったことを、家計調査のデータは雄弁に語っている。

 大規模緩和政策を導入したときには、物価が上昇しなかったので、物価が上昇すれば家計がどう反応するかが分からなかった。しかしここ数年間の物価上昇によって、日銀が想定したことは全くの誤りであると分かった。

 結局のところ日銀は、全く誤った想定に基づいて物価上昇という目標を追い求めたことになる。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)