自分は将来どうなるだろうか……。そんな不安を持つ人は少なくない。「いつまで第一線でいられるか」「いつまで他人と競えばいいのか」「いまいる友達は60歳になっても友達か」「気力体力はどうなるか」「お金は?」「いまのうちにやるべきことは?」など。そこで本連載では、2025年に60歳を迎える奥田民生の10年ぶりの本『59-60 奥田民生の仕事/友達/遊びと金/健康/メンタル』の中から、民生流の「心の持ち方、生きるヒント」を紹介する。今回は吉川晃司との新ユニット「Ooochie Koochie」(オーチーコーチー)の結成を記念し、関連記事を配信。二人はどのように出会い、組むことを選んだのか。そのヒントになりそうな言葉たちを見ていこう。(構成/ダイヤモンド社・石塚理恵子)

Photo by Takahiro Otsuji
吉川晃司という男
地元、広島の同級生に、吉川晃司がいる。
学校は違ったけど、吉川は高校の途中で東京に行ってデビューしたから、地元ではかなり有名だった。
そんな吉川を、俺は高校生のときから知っている。
吉川晃司は元水球の日本代表
水球の日本代表だったというのも、有名だった理由だけど、同い年くらいのアマチュアバンドの中で吉川のバンドが一番人気だったから、あいつのことをよく覚えている。
吉川晃司は恐ろしかった!?
10代、20代頃の吉川は暴れん坊のイメージで、いまと違ってやんちゃだった。
若いときあいつとすれ違ったらそれだけでいきなり殴られそうな雰囲気だったし、酔っ払ったあいつに「なんやお前」なんて言われてケンカになったら、絶対イヤだと思っていた(笑)。
年月は人を変える
この間、これまた同じ地元のバイきんぐ西村の番組『西村キャンプ場』に出ていた吉川を見たときは、「人間、こんなにも変わるんか!」としみじみした。
この番組には俺が先に出てるんだけど、俺が出たとき「俺より吉川の方が広島弁がすごいぞ」と言ったら、「お前がいろいろ細かいこと言うけぇ、ワシもあれに出ることになったからの」って連絡がきた。
地元の、しかもバラエティ番組で吉川が笑って楽しそうにしているなんて、当時からは想像できない。
吉川晃司が『ドラえもん』に!?
その後あいつに会ったときは、突然「ワシ、今日はドラえもん(の仕事)やってきたんじゃ」って言われて驚いた。
やつはドラえもんの映画で声優に挑戦したんだそうで、この歳でいままでとは違う仕事ができるあいつは、やっぱりほんとにすごいと思った。
ライバルに「尊敬の気持ち」はあるか?
吉川といえばちょっと前のドラマ『下町ロケット』の財前役がすごくよかった。かっこよかった。
ちなみにあいつは広島のマツダスタジアムで、ユニフォームじゃなくて財前の格好で始球式をしたんだけど、その前に超ちっちゃい公園で投球練習してたのをマスコミに見つかってた(笑)。
陰でしっかり練習しとったわけだ。
歳と共に丸くなって、そういうお茶目なところもいい感じになっていて。
あれはまだまだモテるだろう。
同級生ががんばってると
刺激になる
俺の中にはもう10代の頃の吉川はいないけど、10代からいままで、つかず離れず付き合っている地元友達は吉川しかいない。
お互い同年代のミュージシャン。
地元も同じ友達がこんなふうにがんばってると、すごいと思うし刺激になる。
(本稿は奥田民生『59-60 奥田民生の仕事/友達/遊びと金/健康/メンタル』からの抜粋記事です。)