「人は何のために生きるのか」。そればかり考えていた当時の自分に対し、元ヤクザという同僚は言った。「西成でそんなこと考えているやつ、ひとりもおらん。みんな死ぬまでの暇つぶししとるだけや」

 明日に保険をかけないような生き方は自暴自棄にも映り、自分にはまねできないと思ったが、不思議と「無我の境地というか悟りに近い」ものも感じた。

「生産性を上げる、社会で評価される。そんな今の時代にまかりとおっている価値観に毒され過ぎていた自分を思い知らされた」

 スマホやSNSがなくても生きていけることも新鮮で、視野が広がった。西成で暮らしたことで肩の力が抜け、生きやすくなった。1ヵ月の滞在予定は、気づけば78日間に及んだ。

 行き場のない人たちにとって、たしかに釜ケ崎はある意味、楽園だとも感じた。でも、まだやりたいことがある自分がここに居続けることは恐れ多く、その勇気もないと気づいた。

「結局、自分を大切にしちゃっていて、何らかの価値があると思っていることを自覚した」

市原研吾(いちはら・けんご)
記者になって四半世紀余り。朝日新聞社入社後、福井、和歌山、兵庫、大阪で主に事件を担当。投資詐欺や組織犯罪の取材に力を入れる。現在は大阪社会部の遊軍(何でも屋)。ダイナマイトを使った「ノミ行為」摘発の取材がきっかけで釜ケ崎かいわいに通うようになった。
矢島大輔(やじま・だいすけ)
2007年、朝日新聞社に入社。秋田、東京、沖縄、大阪で勤務。伝統的な祭りや習俗、経済事件、教育、災害、沖縄の基地問題などを取材。24年からは東京社会部で、防衛省・自衛隊を担当している。ディープな世界に関心があり、西成に通うことに。ほかに、市原記者との連載「探られた裏アカ~就活の深層」がある。
「いっぱい見てきたで。シャブ打って人生終わってしまう人」「体を鍛えていないとホームレスもできない」大阪・西成のシンプルな生き方『西成DEEPインサイド』
市原研吾 (著), 矢島大輔 (著)
定価1,650円
(朝日新聞出版)

AERA dot.より転載