ちなみに「楠木」は私が通った神戸の中学校の名前から。「新」は育った地域である神戸新開地からとったもので、“新たに生まれ変わる”という意味も込めました。
本名の私が、楠木新のマネージャーやプロデューサーの役割を担っていると、楠木新が読者や聞き手に対してどのように見えているかという客観的な視点を持つことができます。また二つの顔があると、制約なしに能力を発揮できる実感があります。
遠藤周作はなぜ狐狸庵を名乗ったか
作家の遠藤周作さんもまた、複数の顔を持つことを推奨する人物です。彼のエッセイを読んでいると、「名前を二つか三つ持とうよ」と語っています。
遠藤周作という名は文豪として誰もが知るビッグネームですが、一方でご本人は「堅物を想起させて面白くない」と感じていたようです。そこで彼が名乗り始めたもう一つの名前が「狐狸庵」でした。
三島由紀夫さんから「なぜ、そんな年よりじみた名をつけたの」と聞かれた際、遠藤さんは「その方が、生きかたが楽ですからね」と答えています。
実際、狐狸庵という別名を持ちながら、素人劇団を立ち上げたり、音痴の合唱団を結成したするなど楽しい活動を展開されました。
ご本人はこうした活動について、「人生の探求心と生活の好奇心を併存させて、人一倍生きた気持ち」になるのだと語っています。そしてそんな体験を踏まえて、彼は社会生活用の実名のほかに、個人生活用の名前を少なくても一つか二つ、作って、その別名を実名と同じように大切にするべきだとまで語っています。