イーロン・マスクによるツイッター買収劇とその後の混乱を描いた『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』(ベン・メズリック著、井口耕二訳)。著者は大ヒット映画『ソーシャル・ネットワーク』原作者、ベン・メズリック。本書はメズリック氏による関係者への徹底的な取材をもと、マスクの知られざる顔に迫る衝撃ノンフィクション小説だ。「生々しくて面白い」「想像以上にエグい」「面白くて一気に読んだ」など絶賛の感想が相次いでいる本書。今回は本書の発売を記念して、作家の橘玲氏に本書の魅力を寄稿いただいた。(ダイヤモンド社書籍編集局)

イーロン・マスクはなぜ「闇堕ち」したのか?Photo: kovop58/Adobe Stock

「アナキン・スカイウォーカー」と「イーロン・マスク」の共通性

スター・ウォーズシリーズの『エピソード3 シスの復讐』では、ルークとレイア姫の双子の兄妹の父親であるアナキン・スカイウォーカーの“闇落が描かれる。

類まれなフォースの力をもつアナキンは、銀河共和国のよりよい未来に貢献したいと思っていたが、やがて元老院議会の衆愚政治に不満を募らせ、愛する妻を死すべき運命から救うためにより強大な力を求め、「ダース・ベイダー」へと変貌していく。

この物語をイーロン・マスクに重ね合わせるのは、手練れのノンフィクション作家ベン・メズリックの『Breaking Twitter』に、こころを揺さぶられるようなマスクの“闇落ちの場面が出てくるからだ。――念のためにいっておくと、マスクが「悪」だといいたいわけではない。

「アイアンマン」のモデルとされた頃のマスク

2008年に公開され大ヒットした映画『アイアンマン』の主人公は巨大軍事企業の経営者トニー・スタークで、スペースXとテスラで世界を変えつつあった若き起業家マスクがそのモデルだとされた(映画の制作スタッフが見学に来たスペースXの工場には、アイアンマンの巨大なオブジェが飾られた)。

当時のマスクは民主党を支持するリベラルで、オバマ大統領のファンだった。

トランプ政権との距離とその後の変化

2016年にトランプが大統領に当選したときは、“逆張り”でトランプを支持し、新政権の立ち上げに大きな影響力をもったピーター・ティールに誘われて大統領諮問委員会に加わったが、気候変動に関する国際的な枠組みであるパリ協定からの脱退に落胆して政権から距離を置いた。

ところがその後のバイデン政権で、マスクの言動は政治的に過激化していく。

その理由はさまざまだろうが、ひと言でいえば、SNSで「リベラル」や「左派(レフト)」から攻撃されたことだろう(マスクが「Woke=社会正義に意識高い系」を攻撃したからともいえる)。

“愛されキャラ”からの転落

だがそれでも、ツイッター買収を発表するまでは、マスクはおかしなことを考えている(なんといっても人類を火星に移住させようとしてるのだ)大富豪で、不愉快な発言をするものの愛嬌のある陽気なアメリカンドリームの体現者、というものだった。

だが2022年10月、マスクがツイッターを買収して「私物化」し、大量の人員解雇を始めると、アメリカ社会(とりわけリベラルな東部や西海岸)でその評価が大きく変わった。

メズリックは本書で、その2か月後に起きた象徴的な場面を3つ紹介している。

事件① ブーイングの嵐

1つめは12月11日に、サンフランシスコで行なわれたコメディアンのイベントにマスクがゲスト出演したときのことだ。

「ご来場のみなさま、世界一のお金持ちをご紹介いたします!」とうながされてステージに上がったマスクは、歓声で迎えられるはずだったのに、ブーイングの嵐を浴びることになった。

事件② 記者のアカウント凍結

2つ目はその2日後の13日で、マスクの子どもが乗った車が正体不明の男に追跡された。

これを機にマスクは自分のプライベートジェットの位置情報をリアルタイムで記録するユーザーのアカウントを凍結したが、これを報じたニューヨーク・タイムズのジャーナリストやCNNなどの記者のアカウントも次々と凍結されることになった(問題のウェブサイトにリンクを張ったアカウントをすべて凍結したのだ)。

「言論の自由の原理主義者」であるマスクのこの矛盾した判断は、リベラルメディアだけでなく米国自由人権協会や国連のグローバル・コミュニケーション担当事務次長、これまで好意的だったジャーナリストからも批判された。

追いつめられたマスクはアンケートを実施し、その結果に従ってすべての凍結を解除した。

「この事件で、マスクのなかでなにかが変わった」とメズリックは書く。

これまで「世の中は、基本的に、自分の味方だと思っていた」にもかかわらず、世界は自分に敵対しているかのようなのだ。

事件③ CEO失格のアンケート

決定的な3つ目の事件は、12月18日にカタールで行なわれたサッカー・ワールドカップ決勝のあとで起きた。

1億2000万人のフォロワーに向けたツイートが何千万回も閲覧されたことに気を良くしたマスクは、帰りのプライベートジェットのなかで、「ツイッターのトップから退くべきだろうか? アンケート結果には従うつもりだ」と投稿した。

この投稿は3億6300万人に閲覧され、1750万人が投票し、57%が「イエス」を選んだ。マスクはCEOとして失格の烙印を押されたのだ。

孤独と悲しみの深淵

カタールから本社に戻ったマスクはそのまま10階の会議室にこもり、すべての面会者をボディガードが追い返し、何時間もこもって出てこなくなった。

社内では、サンフランシスコ警察にマスクの安否確認を依頼すべきか議論された。マスクがすべてのつながりを切ってしまったので、警察に連絡する以外、確認する手立てを思いつけなかったのだ。

マスクはこのとき、暗い会議室でスマホのタイムラインを凝視しながら、「世界」は自分の敵であると確信したのではないだろうか。

買収後のツイッターでマスクと近しかった女性社員は、解雇されたあと、メズリックにこう語った。

あんなにお金があって、あんなに力を持っていて、あんなに賢くて、あんなに夢があって(しかも、ぜんぶ、すばらしい志の夢で)、あんなになんでも持っていて、それでもなお――
あんなに悲しく、あんなに孤独な人を見たことがない。

橘 玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)、『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』『シンプルで合理的な人生設計』(以上ダイヤモンド社)、『「言ってはいけない? --残酷すぎる真実』(新潮新書)などがある。最新刊は、『新・貧乏はお金持ち 「雇われない生き方」で格差社会を逆転する』(プレジデント社)。メルマガ『世の中の仕組みと人生のデザイン』配信など精力的に活動の場を広げている。

(本原稿は、ベン・メズリック著『Breaking Twitter』〈井口耕二訳〉に関連した書き下ろしです。)