制作期間5年、300ページ超の大ボリュームで「やばい本ができてしまった……」と関係者一同がうなった書籍『大人も知らない みのまわりの謎大全』。「このボリュームで1500円は安すぎる」との口コミが広がり、SNSで話題だ。「ハトはなぜ首をふって歩くのか?」「屋上のクレーンはどうやって運んだ?」「ビルの入口の定礎ってなに?」など、身近なのに知らない51の謎を解説している。
今回、その著者であるネルノダイスキ氏が、本作りの中で大きな影響を受けたという『独学大全』の著者、読書猿氏との特別対談が実現した。この本を読んだ読書猿氏の感想と、本の背景とは。(構成:小川晶子)
知の探究は「驚き」から始まる
読書猿氏(以下、読書猿):『みのまわりの謎大全』、わくわくしながら読みました。一言で言うと、「驚きの本」。ここでの「驚き」はギリシャ語で言うと「タウマゼイン」。哲学者アリストテレスやプラトンはこのタウマゼイン(驚き)から知の探究が始まると言っています。
この本では、宇宙人のマチオとシラベが地球にやって来て、我々からすると当たり前の「みのまわり」のものにびっくりしていますよね。そこへ毎回解説してくれる人があらわれて、その解説に今度は我々がびっくりするわけです。「そうだったのか!」って。驚きのラリーでどんどん進んでいくんです。やっぱり知の探究は、びっくりすることから始まるのは本当だよなぁと思いました。
ネルノダイスキ氏(以下、ネルノ):ありがとうございます。おっしゃるように、「驚きの連続」になるようにしたいという想いがありました。
結果的に大人の読者の方にも楽しんでいただいていますが、当初は児童書として制作していたので、飽きっぽい子どもたちが一瞬で「何だこれは!」と面白く思ってくれるようなインパクトのある画面作りを意識しました。この見開きの画面作りは最初から最後までずっと考えていて、気を遣っていたところです。

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物事を見る「新しい目」を手に入れるツアー
読書猿:主人公・マチオたちの学校では異文化を学ぶために旅行に行くことになっており、僕はグランドツアーを連想しました。グランドツアーというのは、17世紀初頭から19世紀初頭にかけて、イギリスの裕福な貴族の子弟が学業修了後に数か月から数年かけて行った教養旅行です。
海外の文物や風習に触れることが目的の一つですが、本当の目的は、そうした経験を通じて、物事を見る「新しい目」を手に入れることなんです。その「新しい目」で見てみると、実は身の回りのものも違って見えます。いま『みのまわりの謎大全』の裏表紙を見たら、ここにもちゃんと「読むと、世界を見る目が変わります」って書いてありますね。
ネルノ:ちょっと裏話をすると、最初は全然違う設定で考えていたんです。街を調査する人が身近なものを見間違えて怖がり、その正体を知って理解を深めていくというのが最初のひらめきでした。
でも、消火器やシャッターの存在を知らないというのは、どう考えても無理がある(笑)。見慣れた身近なものをあらためて「ふしぎ」だと思ってもらうにはどうすればいいか? と考えて、地球に来た宇宙人という設定になりました。
読書猿:なるほど。マチオとシラベが怖がっているのがすごく面白いですよね。
路上観察の面白さを知ってほしい
読書猿:解説をしてくれる案内人たちも面白いんです。みんな名前がダジャレっぽいというか、意味のある言葉をもじっている。その中でも思わず反応してしまったのは「何かが存在した痕跡」という項目の案内人、青瀬山原平です。
これは、知っている人が見れば芸術家で作家の赤瀬川原平がモデルだとすぐにわかります。「何かが存在した痕跡」はトマソン(赤瀬川原平が提唱した芸術上の概念)ですね。

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ネルノ:はい、これは僕がどうしても入れたかった項目です。僕が散歩や路上観察を楽しむようになったのは、赤瀬川さんの影響が大きいんです。トマソンは難しい概念でもあるのであえて入れませんでしたが、のちのち気づいたりたどり着いたりしてくれたらいいなと思っています。
読書猿:昇って降りるだけで、どこにもつながっていない「純粋階段」を赤瀬川さんたちが発見したのは1972年のことだそうですね。これがトマソン1号です。それまでも、中途半端に置き去りにされた階段や扉などはたくさんあったけど、赤瀬川さんが名前を付けて面白がったことで見方が変わったと思います。
ネルノ:おっしゃる通りです。街の見え方が変わるんですよね。僕もそういうものを見つけてみたくて、散歩しながら「純粋階段」や「無用扉」のほか、変なものがないかを探していました。
その中で思ったのは、「変なものを見つけるには、ベーシックを知っていないといけない」ということでした。ベーシックがわからないとどこが変なのか気づけないし、気づいたあとも何故そうなったのかがわからないんです。それで、身の回りのものについていろいろ調べるようになりました。
読書猿:そういう背景があるんですね。赤瀬川さんがそれまで置き去りにされていたものに名前をつけて面白がったように、この本も身の回りのものを面白がり、世界の見方が変わるきっかけになると思います。
※本稿は、『大人も知らない みのまわりの謎大全』についての対談記事です。

『みのまわりの謎大全』著者。漫画家・イラストレーター。
アーティストとして絵画や立体作品の展示を行うかたわら、2013年よりネルノダイスキ名義で漫画を描きはじめる。2015年、同人誌『エソラゴト』が第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で新人賞を受賞。
2017年、同人誌『であいがしら』が第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で審査委員会推薦作品に選出された。著書に『いえめぐり』(KADOKAWA)、『ひょうひょう』『ひょんなこと』(ともにアタシ社)がある。散歩をしていて「あれはなんなんだろう?」と思ったものを調べるのが好きで、みのまわりの謎に興味をもった。
『独学大全』著者。ブログ「読書猿 Classic: between/beyond readers」主宰。「読書猿」を名乗っているが、幼い頃から読書が大の苦手で、本を読んでも集中が切れるまでに20分かからず、1冊を読み終えるのに5年くらいかかっていた。
自分自身の苦手克服と学びの共有を兼ねて、1997年からインターネットでの発信(メルマガ)を開始。2008年にブログ「読書猿Classic」を開設。ギリシア時代の古典から最新の論文、個人のTwitterの投稿まで、先人たちが残してきたありとあらゆる知を「独学者の道具箱」「語学の道具箱」「探しものの道具箱」などカテゴリごとにまとめ、独自の視点で紹介し、人気を博す。現在も昼間はいち組織人として働きながら、朝夕の通勤時間と土日を利用して独学に励んでいる。