生成AIによって求められるデジタルスキルはどう変わるのか
DXに求められる知識やスキルは社会や技術の転換に対応して変化していくため、デジタルスキル標準も継続的に改訂が行われている。生成AIはそうした転換の象徴ともいえ、その急速な普及はあらゆる業種・職種のビジネスパーソンに影響を与えている。DXリテラシー標準の最新の改訂では、生成AIを、理解すべき重要技術として位置付けるとともに、マインド・スタンスやデータの扱い方についての記述も強化されている。
一方、DX推進スキル標準では、生成AIをより具体的にビジネスや業務プロセスに取り込み、活用・開発していくことまでを想定。改訂版では、生成AIの活用や開発に関する具体的なアクションも提示されている。新技術の導入に当たっては、インパクトやリスクを見極めながら、関係者が協働し、小規模な実証から着手することが推奨されている。

同標準の改訂ペースについて、川北主幹と神谷研究員は、あくまで「標準」である以上、内容を頻繁に変更して基準を不安定にすべきではないと口をそろえる。実際、これまでの改訂も主にDX推進スキルに関する補記であり、基本的な枠組みや考え方は変わっていない。今後も社会やビジネスに与える影響が大きな技術やサービスが登場した場合に、「その変化にどう対応するか」という観点で改訂を検討していく方針である。
デジタルスキル標準を策定したIPAから見ても、現在の日本企業におけるデジタル人材の育成には、いまだに課題が山積している。代表的な課題の一つが、人材の5類型・15ロールのような役割を最初から網羅しようとするアプローチである。しかし必要なのは、まずは「何のためのDXなのか」を明確にし、そのために必要な人材像を見極めることだ。神谷研究員は「最初から完璧を目指すのではなく、まずは必要な人材にフォーカスするべきだ」と話す。

最初に仕様を固めてから人材を配置するウオーターフォール型のような手法への固執も、変化の速いDX環境には不向きだ。むしろ設計・開発・テストを小さな単位・短い期間で繰り返すアジャイル型のアプローチを取り、既存の人材で実現可能なことからスモールスタートで着手すべきだという。川北主幹は「人材がいない」と立ち止まるのではなく、「まずは現状の人材でやってみること、そして失敗を恐れない姿勢が、DX推進には不可欠」とする。
より高度なDX推進人材を育成するには、座学研修にとどまらず、実践経験を積むことも重要だ。企業内での実践の場づくりや、業務以外のコミュニティーでの学習機会の提供など、各社が独自の工夫を凝らしている。また、育成されたデジタル人材が企業内で孤立しないように、部門を超えたネットワークを強化し、その成果を周知・共有していくことも有効な手だてだという。
なお、IPAでは企業のDX推進支援にも取り組む。ウェブサイト「DX SQUARE」ではデジタルスキルの活用事例を紹介。また、デジタル人材育成プラットフォーム「マナビDX(デラックス)」では、さまざまな事業者が運営するDX講座の情報を公開している。
変化を受け入れるマインドセットがDXの第一歩
川北主幹はDXの現状を「ゆでガエルの理論」に例え、強い危機感を示す。従来の働き方が次第に通用しなくなり、気付いたときには手遅れになっているという状況が起こり得ると指摘する。現場からの反発を恐れて対応を先送りにするのではなく、破綻が表面化する前の着手が何より重要だという。全てのビジネスパーソンがDXを自分事として捉えなければ、DXは進まない。「変化を受け入れるマインドセットがDXの第一歩」だと川北主幹は呼び掛ける。
神谷研究員もまた、「変化を恐れず素早く動きだし、学びを止めないことが大切だ」と述べる。何が事業成果につながるのか、どのようなスキルが価値を持つのかは日々変化しており、それに俊敏に対応できる人材が、これからの企業を支える存在になるという。
変化の激しい時代において、何を学び、どう行動するべきか――。デジタルスキル標準は、そうした問いに向き合うビジネスパーソンと企業にとって、これからも行動の指針となるはずだ。
集中連載!
【生成AI時代の「デジタル人材」戦略を探る】
第1回「デジタル人材育成を成功させる鍵は「伴走」。データ活用の第一人者、河本薫教授が語る、生成AI時代の日本企業の“勝ち筋”とは」
第2回「生成AIの普及で「デジタル人材」に求められるマインドとスキルはどう変わるのか」