改革はコロナ禍で加速し10年の遅れを取り戻す
大坪 ところが、入社の約半年後、新型コロナウイルスの感染拡大という危機に直面されました。
辻 さまざまな取り組みを始めた矢先でした。でも、せっかく動きだしたのだからきちんとやろうと、そのまま続けることにしました。会計システムにSAPを導入したり、人事システムも新しく導入したりと業務の高度化を進めながら、コロナ対応も同時に行いました。
最優先の課題は、コロナ禍で在宅勤務に対応するため紙とはんこの会社から脱却することでした。当時、在宅勤務する社員は約1万人いるのに、VPN(仮想専用通信網)は100個程度しかありませんでした。まず全員がVPNを利用できるように整備することから始めて、紙とはんこの業務もデジタルワークフローを導入しました。
大坪 コロナ禍で、改革の計画変更を余儀なくされた部分も大きかったと思います。
辻 普通なら10年くらいかかるような変革を、当初は3〜5年かけて進めようと計画していましたが、コロナ禍により、結果的に約1年で一気に進めることができました。それまで議論が停滞していた部分も、「今やらなければ業務が止まる」という切迫感から、スピードアップできたんです。これが私たちのDXの最初のステップです。
大坪 次のステップでは、どのようなことに取り組んでいるのですか。
辻 外部連携のコラボレーションツールを導入し、外部のサプライヤーやスタートアップとのコラボレーションができる環境を整え、よりオープンな開発環境を進めているところです。
大坪 改革に当たって設定したDXのゴールは何ですか。
辻 SUBARUは世界の自動車市場では1%程度のシェアの小さなメーカーではありますが、独自のブランド価値を持っています。DXのゴールはあくまでその「本業を支えるDX」であり、新しいビジネスを作って古いビジネスと置き換えるのではなく、SUBARUのコアである自動車ビジネスを強化することを中心に据えました。具体的な方針は「データを活用してお客様との関係を強化する」ことにあります。
ITとハードの橋渡し役となった部隊の存在が鍵
大坪 DX推進において、外部のIT企業からCIOやCDO(最高データ責任者)を招へいする企業は少なくありません。ただ、プロパーではなく外部から来た“よそ者”だと、現場との摩擦が生じたり交通整理が難しかったりという話も耳にします。DX推進で最も障壁となったものは何でしたか。
辻 私は日本IBMから直接SUBARUに来たわけではなく、前職でも製造業の一般社員から経営層まで経験していたので、製造業のDXについてはある程度経験を積んできたつもりでした。ただ、思った以上に認識の違いがありました。
最も大きな違いは、ビジネスの捉え方です。自動車メーカーは、車を製造してお客さまに届けたところで一つの区切りとなりますが、ITの場合は、システムを構築した後が勝負です。私は「運用オリエンテッドのシステム」と呼んでいますが、私たちITの人間からすると、運用保守や継続的な改善など、稼働後に運用フェーズでどう効果を出すかが、本番であり、勝負所です。
この意識のギャップを埋めるところで最初は苦労しました。「辻さん、何を言っているか全然分からない」と言われることもしばしばありました。幸いなことに、車に搭載するITを担当するコネクテッドサービスを開発する部隊の人たちが、IT部門と製造現場の間に入って、「通訳」のように、双方の主張のポイントを言語化し、橋渡し役となってくれたため、互いに理解が深まりました。
大坪 辻さんの言うことを理解できる人たちがいたんですね。