SUBARUのデジタル戦略をけん引する女性CIOは、いかにして10年かかるDXを1年で成し遂げたのか

コロナ禍という予想外の環境変化に柔軟に対応しながら、製造業において難しいといわれる全社的なDX(デジタルトランスフォーメーション)推進に取り組んできたSUBARU。この大変革をけん引してきた執行役員CIO・IT戦略本部長の辻裕里氏へのインタビューを前後編でお届けする。(聞き手/元DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長、現論説委員 大坪 亮、文/ライター 奥田由意、写真/後藤秀二)

自動車業界はハード中心、紙中心の文化

大坪 日本を代表する伝統的な産業である自動車業界においては、古くからの慣行などもあって、改革を進めるのはさぞや難しかったのではないかと想像します。辻さんはそんな業界に外部から入られたわけですが、どのようなきっかけがあったのでしょうか。

 日本IBMなどIT業界でずっとキャリアを積んできて、その後、子育てのために地元の群馬県に戻り、製造系の会社でITの部門に勤務していました。そこで十数年働く中で、ITと女性の活躍というのがこれからの製造業にとっては非常に重要であると感じるようになりました。最後はその会社でCIO(最高情報責任者)を務めさせていただいたのですが、50歳になったのを機に、次のステップに行ってみようと。

 それで、次はどうしようかと考えたとき、やはりITと女性の感性というのを生かせる会社がいいと思いました。そんなときに当時SUBARUの会長だった吉永(泰之)の講演を聞く機会があり、SUBARUってすてきな会社だなと思ったんです。偶然ですが同じタイミングで人材エージェントから「SUBARUがITと女性活用に注力するための人財を探している」とオファーがありました。本当にご縁を感じました。今まで私が培ってきたDX(デジタルトランスフォーメーション)の経験と、製造業の中での女性活躍というのをSUBARUでぜひ生かしたい。そう思って転職しました。

大坪 理想的なマッチングだったんですね。実際に入社されて、どのような課題を感じましたか。

 自動車業界全体にいえることですが、メカ(機械)系の人財が多くハードウエアを主とする企業体質でした。デジタル技術についても、車に組み込む「組み込み系」の認識はあっても、業務周りのIT活用への興味は薄く、IT活用は遅れていましたし、IT部門のステータスも低い状況でした。

 入社した2019年7月当時、給与明細はまだ紙で渡され、社長稟議などの決裁も全て紙でした。毎朝ダイヤルを回してその日の日付にセットするはんこを押して、回覧するんです。

大坪 ああ、懐かしいですね。「日付印」、昔は使っていましたね。

 私はSUBARUに来て生まれて初めて使いました(笑)。会社の規模が大きいので、一日に処理する決裁の金額も数も膨大です。まずはこうした業務を改革しなければならないと思いました。ほかにも、さまざまな業務システムの刷新構想はあったものの、なかなか進まない状況でした。

 これは当社だけが遅れていたわけではなく、自動車業界全体の傾向でした。工場中心の文化で、現場管理の手法が紙をベースに発達してきた経緯があります。実際、当時は多くの自動車メーカーで給与明細はまだ紙でしたし、パソコンのカメラは使用禁止にするのが業界標準でした。後ろに何か映り込んだときのセキュリティーを考慮して、カメラが使えないようにするというのが業界の常識だったのです。こうしたルールを変えるためには、業界の人たちと相談しながら進める必要がありました。

大坪 当時の経営トップである中村知美社長や吉永会長は、そうした課題についてどんなスタンスでしたか。

 中村にも吉永にも「思う存分やってほしい」と言ってもらえたのは心強かったですね。会社としてデジタル化の推進に大きな期待を寄せていましたが、どういうアプローチで改革すべきかについては私に任せてくれて、後押ししてくれました。直属の上司だった臺卓治(当時のCIO)も、私が提案したことを説明するためのさまざまな場を設けてくれました。説明を繰り返す中で、全社的に現状の遅れや課題への理解が進んだと思います。