「アルゼンチンから『CEPO(セポ)』がなくなります!!」――。突然、筆者の元に届いた1通のメール。日本人には全くなじみのない同国の経済用語だが、CEPOの解除はアルゼンチン国民の生活を根底から覆す一大事だ。連載『美しき衰退』#3では、かつて世界5位だった1人当たりGDPが82位まで転落した“衰退国”で、「アルゼンチンのトランプ」の異名を持つ大統領が始めた「経済実験」の行方を占う。(ノンフィクションライター 泉 秀一)
現地の日本人から届いた「警告メール」
アルゼンチン経済が根底から変わる?
地球の裏側で、ほとんどの日本人が知らないが、世界中が注目する“経済実験”が進行している。
かつて「南米のパリ」と呼ばれた首都を抱くアルゼンチンは、過去数十年にわたる政治的混乱と、繰り返される通貨危機によって衰退の一途をたどった。1910年代には1人当たりGDPで世界5位にあったが、今では82位(2024年)にまで急落した。
筆者が「南米のパリ」ことブエノスアイレスを訪れたのは、まさに同国が幾度目かの大転換を迎えようとしていた時期だった。
ブエノスアイレスに滞在して数日が過ぎた25年4月12日の土曜日の朝。日本とは真逆の季節に、肉と小麦粉中心の食生活、独特の両替システムにも徐々に慣れてきた。
パソコンを開くと、新着メールが届いた。差出人は現地で知り合ったある日本人だ。
「アルゼンチンから『CEPO(セポ)』がなくなります!!公式レート、非公式レートがなくなるということです」
どうやら前週に、政府から政策変更の発表があったらしい。本特集#2で見たように、アルゼンチンでは自国通貨ペソへの信頼が低く、ドルで貯蓄する人が大半だ。

しかし、政府がペソからドルへの公定レートでの交換上限を制限しているため、「ブルーレート」と呼ばれる非公式の闇為替レートが広がっている。
新たな政策は、その非公式を含めた為替レートに影響を与えるもので、週明けの月曜日から新ルールが適用される、とのことだった。
メールの文面から、差出人の驚愕(きょうがく)ぶりが伝わってくる。他の現地駐在員の反応を知るべく、メールを送ってみると、すぐに返信が来た。
「月曜から為替は下限1000ペソ、上限1400ペソのバンド制に変更され、個人の外貨購入が自由化されます。アルゼンチン経済がどう変わり、人々の暮らしにどう影響を与えるのか興味深いです」
「経済や人々の暮らしを変え得る」――。そんな現地駐在員の観測とは対照的に、窓の外に広がるブエノスアイレスの週末の朝は平穏な日常そのものだった。人々は、カフェでゆっくりとコーヒーを飲み、公園で散歩を楽しんでいる。
在留邦人たちの警告的なメッセージとのコントラストに戸惑いつつ、週末を過ごし、月曜日を迎えた。