海外の旅に欠かせないのが現地通貨への両替だ。「衰退国家」を求めて地球の裏側、アルゼンチンを訪れた初日、最初に直面した“謎”が独自の両替システムだった。連載『美しき衰退』#2では、政府が黙認せざるを得ない闇レートが存在する同国の両替事情を探索し、日本円の行く末を考える。(ノンフィクションライター 泉 秀一)
街中から聞こえる“Cambio” の声
謎めいたアルゼンチンの両替事情
“Cambio, cambio…”(カンビオ、カンビオ)
その謎めいた言葉が、アルゼンチンの首都、ブエノスアイレスの街角で筆者を迎えた。
日本からおよそ35時間。2度の乗り継ぎを経て、長旅の疲れをひきずりながら、ようやく地球の裏側にたどり着いた翌朝のことだ。カサ・ロサダと呼ばれる大統領官邸の近くの宿で一夜を明かし、南米の大都市の朝日を初めて浴びる。
明るくなった外に出ると、そこはまるでヨーロッパの街そのもの。石造りの建物に囲まれ、不ぞろいな石畳が歩く人のリズムをほんの少しだけ変えている。
しかし、じっくりと街を見ると、ゴミが散乱し、建物の壁には落書きが目立つ。やや荒廃した雰囲気は、ヨーロッパ風とはいっても、ローマの玄関口、テルミニ駅前を思い出させる。
散策のための石畳を歩いていると、冒頭のように無数の「カンビオ」という声が聞こえてきた。
手ぶらの中年男性や、ショルダーバッグを掛けた女性など、多種多様な人たちが、横断歩道の前やカフェの軒先で、「カンビオ」を繰り返している。

ドラッグを売るにしては、大胆すぎる。そもそもこのエリアは大統領府に近く、中央銀行や官公庁、オフィスビルも林立する、日本で言えば霞が関と丸の内が合わさったような場所だ。
通行人に視線を向け、時にアゴを突き出すようにして何かを勧める彼らの姿を不審に思った。
「あれは何ですか?」
「両替商だよ」
地元の人の回答を聞いて、「なるほどな」と思った。「カンビオ」はスペイン語で「両替」を意味する言葉で、「両替はどう?」と言っていたらしい。確かに、観光客も少なくないエリアで、両替を探している旅行者もいるだろう。
しかし、納得しかけたのもつかの間、よく考えると不思議だ。
なぜ、わざわざ街中に立ってまで、両替を勧める必要があるのだろう。わずか半径100mくらいの範囲に、何人も両替商が立っているのは、なぜだろう。
次ページでは、その謎を解き明かすとともに、日本でも「ブルーレート(青いドル)」と呼ばれる闇両替商に接触。防弾ガラス越しに取引されるアルゼンチンの両替事情をルポする。