様子のおかしい店長、個室から出てこない娘
諦めきれない母は…

 清実さんは受付に行き、店員に事情を説明し個室の鍵を開けるよう頼みました。

 すると、白シャツに黒いベストを着た中年の男性が奥から出てきました。名札には「店長」と記されていました。

 店長は「大変申し訳ありませんが、たとえ親御さんであっても、防犯上とプライバシー保護の観点から本人の同意がなければ鍵の開錠はできません」

 丁寧な言葉遣いでしたが、その目には妙な硬さがありました。私はこれまでの事情や警察にも捜索願を出していることなどを説明しましたが、店長の答えは変わりませんでした。その態度に何かが引っかかりました。

 違和感を覚えながらも、打つ手は見つからずいったんその場を離れて対応策を考えようとエレベーターに向かう途中、清実さんが立ち止まりました。そして、再び香奈さんの個室の前に戻ると、静かに扉に向かって語りかけました。

「香奈、私は怒ってないの。ただ、あなたのことが心配で、心配で。どんなことがあっても、私はあなたの味方だから。あなたは世界でただ一人の娘だから、何があってもあなたを守り抜く。あなたは私の宝物なの。絶対あなたを諦めたりしないから」

 沈黙の中に、母親の声だけが静かに響く。しばらくして、部屋の中からかすかな嗚咽が聞こえました。

「お母さん」

 かすれた声が漏れた数秒後、カチャリ、と扉の鍵が外れる音がしました。

 清実さんは言葉を交わす前に、ただ娘を強く抱きしめた。香奈さんもその腕の中で声を上げて泣いていました。

 ネットカフェを出て、私は車で清実さんと香奈さんを自宅まで送りました。車内で香奈さんは少しずつ話し始めました。

「高校、卒業間近だったけど、最後の学期で行けなくなって、中退しました。友達と何を話しててもつまらなくなって、学校に居場所はないなって思いました。進学できる自信もなくて、就職先も考えてなかったし、なんか全部どうでもよくなって、家にいるのも苦しくなって、お母さんともうまく話せず、もう全部から逃げたかった」