人との出会いが物語を変える――小説家が感動した“全国まつり旅”の記憶
歴史小説の主人公は、過去の歴史を案内してくれる水先案内人のようなもの。面白い・好きな案内人を見つけられれば、歴史の世界にどっぷりつかり、そこから人生に必要なさまざまなものを吸収できる。水先案内人が魅力的かどうかは、歴史小説家の腕次第。つまり、自分にあった作家の作品を読むことが、歴史から教養を身につける最良の手段といえる。第166回直木賞をはじめ数々の賞を受賞してきた歴史小説家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語る。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、歴史小説マニアの視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身やおすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。

【直木賞作家が教える】書斎よりも「旅先の雑談」…小説家が作品のネタを得る場所の決定的な違いPhoto: Adobe Stock

作家活動における重要な要素―出会い

私が作家活動において重視しているのは、人との出会いです。チャンスがあるなら、できるだけいろいろな人と関わりたいと願っています。

人に対する好奇心が強いのです。

作家になる前からダンス・インストラクターとして多くの人と関わってきましたが、作家になってからは出会いのチャンスが格段に増えました。

幅広い出会いの機会

同業者に会うことはもちろん、政治家にも会うこともあれば、芸能関係者と会うこともあります

普段はなかなか会えない人たちに会えるのは、一つの役得といえます。面白いところでは、現代に生きる大名家の末裔とお会いする機会もあります。

東京には旧華族の親睦団体である「一般社団法人霞会館」というものがあり、定期的にサロンのようなものを開いています。

小説が繋げる縁―戸沢家との出会い

私は『羽州ぼろ鳶組』という新庄藩戸沢家の火消組を描いた小説を書いたのですが、その中にもおられる戸沢家の現当主が、この作品を読まれていると知り驚きました。

作中では加賀藩の火消組がライバルとなっているので、戸沢さんは加賀藩前田家の前田さんにも作品をおすすめしてくださったといいます。

一方で「一橋さんには見せられませんね」と笑いながらお話しされていました。江戸時代の徳川将軍家の一門「御三卿」の一つ、一橋家(一橋徳川家)は『羽州ぼろ鳶組』では悪役なのです。

有名人だけではなく、市井の人々との出会い

有名人・著名人との出会いが、重要なのではありません。市井の人にも魅力的な人物はたくさんいます。

その点、私とスタッフが全国47都道府県の書店や学校をワゴン車で巡った「まつり旅」では全国各地でさまざまな人たちとの出会いに恵まれました。

小学3年生の女の子から90歳を超えた読者ともお話ができ、大感動したのを覚えています。

小説は人間を描く芸術―出会いが生むヒント

小説は人間を描く芸術です。ですから、出会いは必ず作品に反映されます。

一つひとつの出会いが私の好奇心を刺激して、次の作品を作るヒントになっているのを感じます。

皆さんが、いつの間にか、私の取材に協力してくれているようなものです。

好奇心の循環―作家活動の生命線

好奇心の強い私が小説を書き、その小説が好奇心の強い人たちを引き寄せる。

集まった人たちに、いろいろな世界を見せてもらい、それが新たな作品と出会いを生んでいく……。この循環こそが、私の執筆活動の生命線です。

※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。