直木賞作家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語っている。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、“歴史小説マニア”の視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身おすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。

【直木賞作家が教える】約4か月間自宅に帰らず、ワゴン車に執筆机を設置して、移動中に執筆し続けた話Photo: Adobe Stock

約4か月間自宅に帰らず、
ワゴン車に執筆机を設置して、
移動中に執筆し続けた話

私は2022年5月から9月にかけて、「今村翔吾のまつり旅」という日本一周の旅をしました。同年1月に直木賞を受賞したことの感謝を伝えるため、全国47都道府県の書店や学校を巡って、読者と交流することが目的のツアーです。

約4か月の間、一度も自宅には帰らず、ワゴン車に執筆机を設置して、移動中に執筆し続けました。

各地に思い出が残っていますが、初訪問となった島根県の松江などは本当に魅力的で大好きになりました。昔ながらの川や堀を残しつつ、適度に都市化もされていて、なおかつ昭和のノスタルジーも感じられる、バランスの良さに惹かれました。

町の中心部の人出に地域差

全国各地に足を運び、あらためて感じたのは地方ごとの風土の違いです。私が旅した時期は、コロナ禍がやや小康状態にありましたが、旅を続けていくうちに、町の中心部の人出に地域差があることに気づきました。

あくまで私個人の体感であることを断った上で、圧倒的に繁華街の活気が戻っていたのは九州・沖縄であり、戻っていなかったのが東北です。また、事前のイメージに
反して、九州並みに賑わっていたのが新潟県でした。

さらに意外だったのは、関西中心部で外出している人が、東京よりも少なく見えたことです。これにはいろいろな理由があるのでしょうが、コロナに対する受け止め方の違いも反映されているように感じました。

地域性を感じる

今でこそ地域性は随分薄れているものの、過去の歴史を現在に引き継いでいる地域はたくさんあります。

有名なところでいうと、青森県の津軽地方と南部地方(現在の岩手県中部から青森県東部)は犬猿の仲だという話があります。

かつて南部氏が青森県全域を支配していたところから、津軽地方が独立したのが理由とされています。

過去の歴史に宿泊を拒否

明治新政府軍と旧幕府軍による戊辰戦争(1868年1月27日~1869年6月27日)がきっかけで福島県会津若松市では、長州(山口県)・薩摩(鹿児島県)人を敵対視しているというのも知られています。

ひと昔前は、会津の旅館で宿帳に山口県の住所を書いたら宿泊を拒否されたという話もあったくらいです。

ポジティブな歴史の記憶だけでなく、ネガティブな記憶も時代を超えて引き継がれることがわかります。

史実の背景がわかる作品

たとえば、『王城の護衛者』(司馬遼太郎 著)は、幕末の会津藩主・松平容保を描いた作品であり、長州に対する確執を読み解くうえでは格好のテキストといえます。

また、『一刀斎夢録』(浅田次郎 著)は、幕末期に新撰組で活躍し、明治維新後は警視庁の警察官となり、西南戦争(1877年)では抜刀隊として従軍した斎藤一の物語。

抜刀隊には会津出身者が多く、戊辰の仇を討つために薩摩軍に斬りかかったというエピソードもあり、そのあたりの背景がよくわかる作品です。

※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。