【アメリカを超えた国】“飢餓の島”アイルランドがここまで豊かになれた理由
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

アイルランドを襲った大飢饉とは?
1845年、アイルランド島でジャガイモの不作による大飢饉が起こりました。アイルランド島で栽培されていたジャガイモに疫病が発生したのです。
アイルランド島は北海道とほぼ同じ面積の島です。鉱産資源がほとんど産出されず、鉱工業も発達しませんでした。そのため、当時英国領の一部だったアイルランド島は実質的にグレートブリテン島への食料供給地となっていたのです。
肥沃で土地生産性の高い農地は、牧草地や穀物生産地として利用されていましたが、アイルランド島の農民に対しては地力が低い痩せ地が与えられていました。
そこでジャガイモです。イモ類は、比較的地力が低い痩せ地でも生産が可能です。さらに地面の中で育つこともあって、鳥についばまれる心配もありませんから、安定して栽培ができます。地力の低い地域に住む人々にとってとてもありがたい作物なのです。そのジャガイモの疫病に加え、当時の税制が飢饉の被害を拡大させました。
多くの税金が取れるよう、農民に与えられる土地は細分化されていました。細分化された農地は非常に狭いため、実質ジャガイモしか作れなかったようです。
さらに、「年間4ポンドの地代を農民が払えない場合、不足分を領主が払う」という仕組みもありました。税金をたくさん取るために細分化した農地でしたが、貧農を多く抱える領主は、その分負担が増大したわけです。
そのため領主たちは、自分の税負担を減らすために、飢餓によって虫の息となった農民たちに強制退去を命じ、追い出します。
こうして飢饉とともに食料供給量は減少し、可容人口は少なくなりました。当時のアイルランド島の人口は800万人を超えるほどでした。このとき150万人のアイルランド人が飢えで命を落とし、さらに100万人以上がアメリカ合衆国へ渡ったといいます。
食料供給量の減少により、他地域への人口移動が発生することを「人口圧」といいます。アメリカ合衆国へ渡った人たちの子孫に、ジョン・F・ケネディ、ロナルド・レーガン、バラク・オバマといった3人の大統領の先祖がいたことは有名な話です。
飢饉の後、アイルランドはどうなったか?
アメリカ合衆国には現在でも多くのアイルランド系の人々が居住しています。その数およそ3900万。現在のアイルランド共和国の人口530万よりも断然多い数字です。ヨーロッパ系白人の出身国としては、ドイツ系に次いで2番目に多いといわれています。
1990年、アイルランドの国民1人当たりGDP(1万4147ドル)は、日本の国民1人当たりGDP(2万5329ドル)の半分程度しかありませんでした。
しかし2007年になると、国民1人当たりGDPは日本の3万5777ドルに対して、アイルランドは6万1865ドルとなりました。この年は、アメリカ合衆国が4万7801ドルでしたので、アメリカ合衆国よりもある意味では「豊か」になったのです。何が起こったのでしょうか?
1990年代、アイルランドは法人税率を下げ、海外企業の投資を促します。「法人税の安いアイルランドに拠点を設け、そこからヨーロッパ市場へのサービスを展開する!」という青写真を描いたのです。この結果、製造業のみならず、金融業や保険業も進出してきました。
アイルランドは、かつて食料難民となった自分たちの先祖を受け入れてくれたアメリカ合衆国のことを非常に快く思っています。だからこそ、アメリカ合衆国からの投資は大歓迎です。
ジャガイモ飢饉により食料供給量が減少し、可容人口が少なくなったアイルランド。しかし、近年の経済成長によって就業機会が増え、そして可容人口が多くなったことで、アメリカ合衆国へ移民として渡った人たちの子孫が、アイルランドに「帰還」する事例が増えているのです。
(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)