【地形が9割】ヴェネツィア、スイス、リューベックが中世ヨーロッパの“隠れた主役”になった理由
「地図を読み解き、歴史を深読みしよう」
人類の歴史は、交易、外交、戦争などの交流を重ねるうちに紡がれてきました。しかし、その移動や交流を、文字だけでイメージするのは困難です。地図を活用すれば、文字や年表だけでは捉えにくい歴史の背景や構造が鮮明に浮かび上がります。
本連載は、政治、経済、貿易、宗教、戦争など、多岐にわたる人類の営みを、地図や図解を用いて解説するものです。地図で世界史を学び直すことで、経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの世界史講師の伊藤敏氏。黒板にフリーハンドで描かれる正確無比な地図に魅了される受験生も多い。近刊『地図で学ぶ 世界史「再入門」』の著者でもある。

【地形が9割】ヴェネツィア、スイス、リューベックが中世ヨーロッパの“隠れた主役”になった理由Photo: Adobe Stock

ヴェネツィア、スイス、リューベックが“中世ヨーロッパの主役”になった理由

 本日は、中世における商業の展開についてお話しします。

 遠隔地貿易の活性化により、ヨーロッパでは商業圏に立脚した商取引が展開されます。前節でも見たように、ローマ街道のような陸上交通が維持されなくなった結果、中世では水上交通が重視されました。

 これにより、海洋を中心に商業圏が形成されます。商業圏は2つに大別でき、一つは地中海を中心とした「地中海商業圏」、もう一つは北海・バルト海を中心とした「北ヨーロッパ商業圏」です。下図(図49)を見てください。

【地形が9割】ヴェネツィア、スイス、リューベックが中世ヨーロッパの“隠れた主役”になった理由出典:『地図で学ぶ 世界史「再入門」』

 地中海商業圏で中心的な役割を果たしたのが、イタリア諸都市です。その多くはコムーネであり、ヴェネツィア、ジェノヴァ、ピサといった港湾都市が、文化の先進地域であるイスラーム勢力や東ローマ帝国などから、絹織物や染料、香辛料といった奢侈品を西ヨーロッパに、また黒海方面からは奴隷をイスラーム勢力にもたらします。

貿易の目玉とは?

 なかでも奢侈品を扱うものはレヴァント貿易(東方貿易)と称され、最も重視されたのが東南アジアやインドから陸路・海路でもたらされる香辛料でした。

 北ヨーロッパ商業圏は、ハンザ同盟の縄張りともいうべき商業圏です。ハンザ同盟は北ドイツのリューベックを盟主とし、最盛期には100以上の都市が加盟しました。14世紀には北海・バルト海沿岸の大半の都市が加盟し最盛期を迎えます。

 さらにハンザ同盟は、ロンドン、ブリュージュ、ベルゲン、ノヴゴロドに在外商館(外地ハンザ)を設置し、ニシンや塩といった日用品に加え、東ヨーロッパからもたらされる蜂蜜、毛皮、琥珀などの商品を扱いました。蜂蜜は甘味料としてのみならず、蜜蝋が蝋燭の原料となるため、利用価値の高い希少品でした。

 ところで、イタリア商人がもたらす香辛料や、ハンザ商人がもたらす塩や毛皮は、地元の商業圏だけで扱っても必ずしも利益は大きいとは限りません。そこで、双方の商業圏を中継する地域も、経済的に繁栄することになります。中継貿易で繁栄したのは3つの地域で、(1)フランス北東部のシャンパーニュ地方、(2)現ベルギー西部のフランドル地方、(3)アルプスのスイス地方です。

中継貿易で繁栄した3つの地域

(1)シャンパーニュ地方
「シャンパーニュの大市」と呼ばれる大規模な定期市が開催されたことで知られます。この大市ではヨーロッパ各地の商人が足を運び、またシャンパーニュ地方特産のワインも盛んに取引されました。16世紀にはスパークリングワインの生産も記録され、これは17~18世紀に同地の修道士ドン・ペリニョンにより製法が確立し、今日にシャンパンと呼ばれることになります。

(2)フランドル地方
 北ヨーロッパ商業圏と地中海商業圏を結ぶ中継路に位置し、イギリス、北欧、イベリア半島の各国との
通商に適した好条件の地に位置しました。また、フランドル地方は羊毛を原料とした毛織物製品の一大
生産地でもあり、この地の富をめぐって14世紀にイングランドとフランスの間で百年戦争が勃発するこ
とになります。

(3)スイス地方
 ドイツとイタリアを結ぶアルプス交通の中継路に位置し、12~13世紀にこの地を結ぶ峠道が相次いで開
削されたことで、経済的に繁栄を始めます。しかし、本来の領主であるハプスブルク家(神聖ローマ皇帝
の一族)が、その支配を強めようとすると、これに反発してウリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデンの3つの邦(カントン)が1291年に永久盟約を結び、これにより盟約者団が結成されます。盟約者団は15世紀に事実上の独立を達成し、スイスという国家として今日まで知られることになります。

 都市と商業の興隆は、中世という時代に活気をもたらすことになりました。しかし、ヨーロッパ人はまもなく、香辛料のような珍しい物産を、自ら原産地にまで赴いて確保しようとすることになります。それが、15世紀末期に始まる大航海時代(大交易時代)の幕開けです。十字軍に始まったヨーロッパの拡大は、ついに世界にその目を向けることになるのです。

(本原稿は『地図で学ぶ 世界史「再入門」』を一部抜粋・編集したものです)