【世界史ミステリー】ヒッタイト・ミケーネ・エジプト、なぜ古代文明は同時に滅んだのか?
「地図を読み解き、歴史を深読みしよう」
人類の歴史は、交易、外交、戦争などの交流を重ねるうちに紡がれてきました。しかし、その移動や交流を、文字だけでイメージするのは困難です。地図を活用すれば、文字や年表だけでは捉えにくい歴史の背景や構造が鮮明に浮かび上がります。
本連載は、政治、経済、貿易、宗教、戦争など、多岐にわたる人類の営みを、地図や図解を用いて解説するものです。地図で世界史を学び直すことで、経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの世界史講師の伊藤敏氏。黒板にフリーハンドで描かれる正確無比な地図に魅了される受験生も多い。近刊『地図で学ぶ 世界史「再入門」』の著者でもある。

【世界史ミステリー】ヒッタイト・ミケーネ・エジプト、なぜ古代文明は同時に滅んだのか?Photo: Adobe Stock

古代オリエントを地図で読み解く

 バビロン第1王朝が滅亡したメソポタミアでは、東のザグロス山脈からカッシート人が進出して南部に王国を築き、また北方からはミタンニ(ミッタニ)がその支配を伸ばします。

 加えて、この時期に顕著な台頭を見せた大国がエジプト新王国です。エジプトは前15世紀のファラオ・トトメス3世の遠征を皮切りにシリアやパレスティナに進出し、この地をめぐってヒッタイトと何度も熾烈な抗争を繰り返します。下図(図9)を見てください。

【世界史ミステリー】ヒッタイト・ミケーネ・エジプト、なぜ古代文明は同時に滅んだのか?出典:『地図で学ぶ 世界史「再入門」』

 また、エジプトやヒッタイトといった大国との商取引により、ギリシアのミケーネ(ミュケナイ)文明の諸都市も繁栄を迎えます。ミケーネ文明の諸都市は、時には海賊行為も含めた積極的な対外進出により、エーゲ海の海上貿易の支配権を握ろうとしたのです。

 しかし、こうした大国(領域国家)群は、前1200年頃を境にほぼ例外なく衰退・滅亡の憂き目にあいます。その原因ははっきりとしていません。ヒッタイトでは旱魃や地震といった天災、エジプトには「海の民」と呼ばれた異民族の侵攻など、同時期に様々な衰亡の兆候が表れていました。

前1200年――古代の「世界恐慌」

 考えられる可能性としては、まず旱魃や地震によりヒッタイトの内部崩壊が始まり、これにより貿易相手であったエジプトやミケーネも商取引が不振となります。

 また、大国の衰退は周辺民族の台頭や移住を促し、「海の民」など諸民族の移動が始まります。こうして東地中海の諸勢力が、衰退や崩壊の渦に呑み込まれていったのでしょう。

 ある意味で、こうした大国間の経済的つながりは、今日の国際経済の出現を予感させるものです。この諸大国の衰亡は「前1200年の破局(カタストロフ)」と呼ばれますが、これは後世の世界恐慌(1929)やリーマン・ショック(2008)と続く国際金融危機の先駆的な現象であったと捉えることができるでしょう。

 また、同様の国際危機の連鎖は、その後もしばしば世界情勢を大きく動かすことになるのです。ともあれ、一連の衰亡劇によりフェニキア人やアラム人といった交易民族が台頭し、また同様にヘブライ人(ユダヤ人)が間隙をぬって(旧約聖書の伝承に従えばダヴィデ王やソロモン王といった優秀な君主のもと)、パレスティナに勢力を築くことになるのです。

(本原稿は『地図で学ぶ 世界史「再入門」』を一部抜粋・編集したものです)