やなせたかしが子どもたちに見せていた顔、その裏側は?
手嶌治虫(眞栄田郷敦)だ。
漫画を描きながら、ラジオに反応していた。手嶌と嵩が再び、出会う日も近そうだ。
さて、ここで、嵩について、中園ミホのコメントを紹介しよう。
「私がお会いしたやなせさんは明るくて声も大きかったんです。それを北村さんが自分の肉体を通して演じてくださると、ひょっとしたらやなせさんはこういうナイーブな人だったのかなと思えてきました。
私の知っているやなせさんは『人生は喜ばせごっこ』と言って、子どもたちの前ではすごく明るく楽しそうな顔をなさっていたけれど、それは表の顔だったのではないかって。
正義は逆転するものだから簡単に信じちゃいけないのだということを書きたかったドラマですが、130話まで書いて、役者さんたちが魂を込めて演じてくださったのを見て、かっこいいものや強いものに自分がなびきそうになったら警戒しようというような思いはますます強くなりました。
世の中が傾いているときこそ用心しないといけない。それを北村さんのお芝居に感じました」
「史実では」やなせたかしは活発だった印象なのだが、中園の言うように、ドラマでは内向的で自己評価が著しく低い。「やるせなく泣かす人」と評されて「ヤルセ・ナカス」という自分を投影したキャラも創っていたそうで。そんなやるせなさが、北村匠海の嵩にはあり。
第109回の佳保のように、心に悲しみを抱えていることを人には見せたくなくて強気に振る舞っている人もいる。ドラマではやなせたかしの他者には見せずにきた、やるせない内面を描こうと試みているのかもしれない。のぶにだけ見せることができた、生まれたての動物の子どものように弱くてやわらかな部分を。
