【解説】菊池寛に学ぶ、現代ビジネスの「人を見抜く力」

菊池寛のプロデュース手腕は、現代のビジネスシーンにおいても多くの示唆を与えてくれます。特に注目すべきは、彼が単なる「良い兄貴分」に留まらなかった点です。

彼の戦略には、現代のマネジメントや人材育成に通じる、極めて冷静で計算された視点がありました。

「芥川賞=作品」と「直木賞=手腕」の複眼的評価

芥川賞は“純文学の実験場”、直木賞は“大衆文学の舞台”、言い方をかえると「作品」そのものの芸術性を評価する芥川賞と、読者を楽しませる「手腕」という商業的スキルを評価する直木賞、といった二つの異なる評価軸を設けた点に、菊池の非凡さがあります。

これは、現代の組織における人材評価にも通じるでしょう。専門性を突き詰める技術職(スペシャリスト)と、プロジェクトを牽引し市場を動かす管理職や営業職(ゼネラリスト)。それぞれの才能の種類を見極め、それぞれに合った評価基準と活躍のステージを用意することの重要性を示唆しています。

あなたのチームにも、まだ見出されていない「芥川的才能」「直木的才能」が眠っているかもしれません。

「賞」というプラットフォームが生む価値

さらに言えば、菊池は単に個人に投資しただけでなく、「賞」という新しいプラットフォームを創設しました。これにより、才能ある新人が世に出る「仕組み」そのものを作り上げたのです。

これは、優れた人材が自然と集まり、育ち、互いに切磋琢磨するような魅力的な環境や制度を設計する、現代のプラットフォーム戦略そのものです。

目先の利益だけでなく、業界全体や自社の未来を見据え、新たな才能が花開く「土壌」を作ること。これこそが、持続的な成長を牽引するリーダーシップと言えるのではないでしょうか。

菊池寛の構想力は、文壇という枠を超え、すべてのビジネスパーソンにとって学ぶべき「戦略の教科書」なのです。

※本稿は、『ビジネスエリートのための 教養としての文豪(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。