懸命の予習もむなしく、付け焼き刃の浜崎あゆみ論は、彼の心に響くものではなかったのだろう。自分が彼と同じくらいの年代だったとして、突然、見ず知らずの大人と楽しく会話せよ、というのも難しいかもしれない。少しだけ反省しながら、距離感をとって接するようにした。

 初めはぎこちなかったが、それでも一緒にさまざまなアトラクションを回るうち、彼の緊張も解けてきたようで笑顔を見せてくれるようになった。無口な彼との会話は残念ながら弾まなかったが、彼がこの日のこの時間を楽しんでくれればと思いながら2人でアトラクションを歩きまわった。

東京ディズニーに児童養護施設の子を招待、ひとりの子どもの行動に胸が締め付けられる…〈再配信〉笠原一郎『ディズニーキャストざわざわ日記』(三五館シンシャ)

 この日は社員と子どものペアが何組も園内で遊んでおり、いったん午後2時に「カリブの海賊」のスポンサーラウンジに集合することになっていた。

 スポンサーラウンジは、アトラクションの入口の右側にあるドアを開けて階段をあがった2階にある。ゆったりとした広い応接間に大きなソファーがあり、キャラクターの大きなぬいぐるみがいくつか置いてある。

 じつはこのスポンサーラウンジからは、秘密のドアを通って、ゲストが並ぶ列の乗り場に近い地点に合流できるようになっている。スポンサーとしての特権だ。ここで彼らをもてなそうという趣向だった。

 ラウンジに、その日ペアになった社員と子どもたちが集まった。やんちゃそうな男の子がラウンジを見渡し、「うぉー、すげー」と歓声をあげた。

 その場で児童養護施設の付き添いの先生から、「みんな、今日ここに来るのを 本当に楽しみにしていました。ほとんどの子が初めてのディズニーランドなんです」という話があった。目を輝かせて園内を駆けまわる姿に、彼らにとって今日が少しでもよい思い出になればと願わずにはいられなかった。

 翌日、会社に行くと一緒に「ハロー!ミッキー」に参加した上司が私にこう言った。

「やっぱり彼らも寂しさがあるのかな。私と一緒にアトラクションを回った子が、つないでいた手をぎゅっと握りしめてきたんだよ。なんだか胸がぎゅっと締めつけられてしまってね」

 この言葉はなぜだか今でも私の心に残っている。

※合流できる
 あたりが暗く、自然に入れるようになっているため、列に並ぶゲストにも合流がわかりにくく工夫されている。
※スポンサーとしての特権
 ファンタジーランドの「クイーン・オブ・ハートのバンケットホール」に隣接して自動販売機コーナーがあり、ここにはスポンサーでもあるコカ・コーラの自販機が2台設置されている。ここの自販機の販売本数たるや日本でも有数ではないかと思えるほどよく売れる。かたやキリンビバレッジの自販機はアドベンチャーランドの「魅惑のチキルーム」に近い建物の隅のほうにポツンと1台置いてあり、目立たなかった。
 2021年9月、3年半ぶりにインパしてみると、「蒸気船マークトウェイン号」の乗り場の近くに立派なキリンビバレッジの自販機コーナーが新設されていて思わず購入した。