ダーウィンの鋭い視点

 しかし、ダーウィンは、自然淘汰にもう一つ別の力があることを見抜いた。つねに平均的な個体の生存力が高いとは限らない。場合によっては、体重が重いほうが生存に有益なこともあるだろう。そういうときは、体重が重くなるように生物は進化していくはずだと考えたのである。

 このように自然淘汰には、生物を進化させる力と進化させない力の両方がある。そして、進化させない力としての自然淘汰はダーウィン以前から知られていた。ダーウィンが発見したのは、進化させる力としての自然淘汰なのである。

 また、ダーウィンが主張した進化の仕組みについても、一般に誤解されているように思う。ダーウィンが提唱した進化の仕組みは、「自然淘汰」だけではない。ラマルクと同様に「用不用」説も認めていたし、それに加えて「生活条件の直接作用」によっても進化が起きると考えていた。

寒冷化すると厚い毛皮が進化する?

 用不用説は、よく使用される器官は世代を重ねるごとに発達し、使用されない器官は縮小あるいは弱体化していく、という説である。たとえば、乳牛の乳房は、人間によって頻繁に搾乳されるために、世代を重ねるごとに大きくなっていく、といったイメージだが、現在では誤りとされている。

 ちなみに用不用説は、しばしばラマルクが提唱した説だと言われるが、それは間違いである。用不用説は古代から存在する考え方で、当時の進化学者にとっても一般的なものであった。ラマルクもダーウィンも、そういうよく知られた用不用説を自説に取り込んだに過ぎない。

 もう一つの「生活条件の直接作用」というのは、環境への順応によって生物が変化していく、という説である。たとえば、気候が寒冷化することによって、厚い毛皮が進化する、といったイメージだ。これも、現在では基本的に誤りとされているが、ごくまれにこういう現象が起きることは認められている。

 このように、ダーウィンのイメージは少しずれていることが多い。ダーウィンは神様ではないのだから、間違ったことも言っているのである(もちろん正しいことも言っています)。

(本原稿は、『『種の起源』を読んだふりができる本の著者による書き下ろしです)

更科功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授。『化石の分子生物学 生命進化の謎を解く』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版新書)、『若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。