ダーウィンの『種の起源』は「地動説」と並び人類に知的革命を起こした名著である。しかし、かなり読みにくいため、読み通せる人は数少ない。短時間で読めて、現在からみて正しい・正しくないがわかり、最新の進化学の知見も楽しく解説しながら、『種の起源』が理解できるようになる画期的な本『『種の起源』を読んだふりができる本』が発刊された。
長谷川眞理子氏(人類学者)「ダーウィンの慧眼も限界もよくわかる、出色の『種の起源』解説本。これさえ読めば、100年以上も前の古典自体を読む必要はないかも」、吉川浩満氏(『理不尽な進化』著者)「読んだふりができるだけではありません。実物に挑戦しないではいられなくなります。真面目な読者も必読の驚異の一冊」、中江有里氏(俳優)「不真面目なタイトルに油断してはいけません。『種の起源』をかみ砕いてくれる、めちゃ優秀な家庭教師みたいな本です」と各氏から絶賛されたその内容の一部を紹介します。
イヌとオオカミ
現在の知見によれば、地球に生物が誕生してから約四十億年の時間が経過しており、その膨大な時間を自然淘汰は使うことができた。一方、人間が品種改良に使う時間は数年から数十年、もっとも長くても数万年である。
現在のところ、いちばん古い家畜と考えられている動物はイヌである。確実にイヌだと分かる最古の化石は約三万三千年前のもので、ロシアのアルタイ地方で見つかっている。
これは化石中のDNAを解析して、イヌだと確認されたものだ。形態からイヌであろうと考えられているベルギーの化石はさらに三千年ほど遡るけれど、初期のイヌに関しては、形態だけから確実にイヌだと判定することは難しい。
ともあれ、品種改良の歴史はおそらく四万年を超えないので、約四十億年にわたって働き続けてきた自然淘汰とは比べるべくもない。
東アジアのハイイロオオカミ
ちなみに、ダーウィンは、イヌは複数の野生種を祖先に持つと考えていたようで、そのことを『種の起源』の第一章や第五章や第八章で繰り返し述べている。
しかし、現在のゲノム解析による知見によれば、イヌの起源が一つであることは確実視されている。
イヌの祖先はハイイロオオカミで、その中でもおそらく東アジアにいたものを祖先に持つ可能性が高い(ただし、イヌの家畜化は複数回起きたかもしれない)。
とはいえ、ダーウィンはゲノムデータなど使うことはできなかったので、これは仕方のないことだ。
それはともかく、『種の起源』でもっとも重要な主張である「生物を変化させる強力な力である自然淘汰が、自然界で実際に働いていること」を、ダーウィンはここで論証しているのである。
(本原稿は、『『種の起源』を読んだふりができる本』を抜粋、編集したものです)
更科功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授。『化石の分子生物学 生命進化の謎を解く』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版新書)、『若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。
不真面目な読者のためのまえがき――著者より
ずいぶん昔のことだが、私は『種の起源』について述べた、ある記事を読んだことがある。その記事には、こんなことが書いてあった。『種の起源』は、生物の世界から神を追放して、生物が進化することを実証した科学書である、と。それ以来、私は『種の起源』のことを、神を否定して生物が進化することについて述べた本だと思っていた。
それから私は大学院に入り、進化に関する研究をするようになった。しかし、大学院を修了するまで、私は『種の起源』を読んだことがなかった。ちなみに、私は何人かの進化の研究者に『種の起源』を読んだことがあるかどうかを尋ねたことがあるが、読んだことのある人はほとんどいなかった。
そうして私は、『種の起源』を読まずに長い年月を過ごしてきた。しかし、大学院を出てしばらくしたころ、なぜか『種の起源』を読みたくなって、かなりきちんと読んでみた。そして、『種の起源』を読了して本を閉じたとき、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。私はずっと、『種の起源』は、生物の世界から神を追放した本だと信じてきた。それなのに、なんと『種の起源』には、「神が生物を創った」と書かれていたのである。
最初、私は意味が分からなかった。『種の起源』は生物の世界から神を追放したはずなのに、どうして「神が生物を創った」なんて書いてあるのだろう。そのとき、突然、私は気づいた。私の目から大きな鱗が落ちた瞬間だった。
「そうか。きっと、あの記事を書いた人は、『種の起源』を読んでいなかったのだ。『種の起源』についての批評はたくさんある。それらを読めば、『種の起源』なんか読まなくても、もっともらしいことは書けるのだ」
それから私は、『種の起源』について書かれた記事を、気を付けて読むようになった。そして、かなりの数の記事が、『種の起源』についてとんちんかんなことを述べていることに気づいた。
どうやら、かなりの数の人が、『種の起源』をきちんと読まずに、『種の起源』についていろいろと述べているらしい。でも、それは、目くじらを立てるほどのことではないかもしれない。仕方のないことかもしれないのだ。
日本では『種の起源』の翻訳は文庫で簡単に手に入るし、実際よく売れているらしいが、たとえ買っても読み終える人はほとんどいないのではないだろうか。
読むべき本はたくさんある。しかし、人生は短い。だから、それらの本のすべてを、きちんと読む時間はないのである。そのため、場合によっては、読んでいない本について読んだふりをすることも必要だろう。
とはいえ、読んだふりをするのなら、実際には読んでいないことがバレない方がよい。それでは、本を読んでいないことがバレない、究極の「読んだふり」とは何だろうか。それは、「本を読んでいないにもかかわらず、本を読んだときと同じ記憶を頭の中に作ること」ではないだろうか。そして、それは、決して不可能なことではないと私は思う。
そこで、私は『種の起源』のロイヤル・ロードを作ることを目指した。ロイヤル・ロードは「王道」と訳されるが、「楽な道」とか「近道」とかいう意味だ。
だいたい『種の起源』を読む時間の10分の1ぐらいで、本書を読み終えることができるのではないかと思う。解説もかなり加えたので、本書の分量は『種の起源』の10分の1よりは多いけれど、読みやすく書いたつもりなので、『種の起源』よりずっと速く読めるはずだ。10分の1の時間で、『種の起源』を読んだときと同じ記憶が頭の中にできるなら、これはまさに王道だろう。
本書を読み終えれば、あなたは周囲の人と、『種の起源』について、いろいろな会話ができるようになる。『種の起源』を読んでいないにもかかわらず、あたかも『種の起源』を読んだことがあるかのように、流暢に話をすることができるだろう。相手の言ったことに補足を加えることだって、できるかもしれない。「ああ、たしかに『種の起源』にはそう書いてあるけれど、現在では、そういう理論は使われていないよね」なんて偉そうに言えるかもしれない。
そんなふうにしていれば、あなたが『種の起源』を読んでいないことがバレることはないだろう。そして、本書を読んだ人が、みんな『種の起源』を読んだふりをして、そしてバレる人が一人もいなければ……それこそ著者冥利に尽きるというものである。
■新刊書籍のご案内
『種の起源』を読んだふりができる本』
更科功 著
☆絶賛の声が続々!☆
長谷川眞理子氏(人類学者)
「ダーウィンの慧眼も限界もよくわかる、出色の『種の起源』解説本。これさえ読めば、100年以上も前の古典自体を読む必要はないかも」
吉川浩満氏(『理不尽な進化』著者)
「読んだふりができるだけではありません。実物に挑戦しないではいられなくなります。真面目な読者も必読の驚異の一冊」
中江有里氏(俳優)
「不真面目なタイトルに油断してはいけません。『種の起源』をかみ砕いてくれる、めちゃ優秀な家庭教師みたいな本です」