ダーウィンの『種の起源』は「地動説」と並び人類に知的革命を起こした名著である。しかし、かなり読みにくいため、読み通せる人は数少ない。短時間で読めて、現在からみて正しい・正しくないがわかり、最新の進化学の知見も楽しく解説しながら、『種の起源』が理解できるようになる画期的な本『『種の起源』を読んだふりができる本』が発刊された。
長谷川眞理子氏(人類学者)「ダーウィンの慧眼も限界もよくわかる、出色の『種の起源』解説本。これさえ読めば、100年以上も前の古典自体を読む必要はないかも」、吉川浩満氏(『理不尽な進化』著者)「読んだふりができるだけではありません。実物に挑戦しないではいられなくなります。真面目な読者も必読の驚異の一冊」、中江有里氏(俳優)「不真面目なタイトルに油断してはいけません。『種の起源』をかみ砕いてくれる、めちゃ優秀な家庭教師みたいな本です」と各氏から絶賛されている。本稿では、大阪大学名誉教授の仲野徹氏(生命科学者)に本書の魅力を寄稿いただいた。(ダイヤモンド社書籍編集局)

何度も跳ね返された「科学史上不朽の名作」
「すっきりしたぁ~!」、読後感は極めてシンプルだった。
『種の起源』、言うまでもなく、コペルニクスの『天体の回転について』、ニュートンの『プリンキピア』と並んで、科学史上不朽の名作だ。生命科学者としては読まねばなるまいと挑戦したことがある。しかし、途中で挫折。翻訳が悪いせいとちゃうんかと、違う訳者の本で何度も挑んだが、跳ね返され続けた。
書きぶりが弱気でわかりにくいし、くどい。自然選択が重要といいながら育種=人工的選択の話が長い。斬新な学説を発表するのだから丁寧に書く必要があっただろうし、当時にいきなり自然選択を説明するにはデータが少なすぎたというのもわかる。だが、どうしてもイライラして投げ出してしまったのだ。
生物学の三大発見
生物学の三大発見は、ダーウィンの進化論、メンデルの遺伝の法則、そして、ワトソン・クリックによるDNAの二重らせん構造である。しかし、発表時の受け入れられ方には大きな違いがあって、進化論は出版直後から大論争を巻き起こし、二重らせん構造は一気に受け入れられたのに対し、メンデルの論文は30年もの長きにわたってほとんど顧みられることがなかった。
1859年に『種の起源』、1865年にメンデルの論文と、両者は同時代に発表されている。メンデルはおそらく『種の起源』を読んでいたが、ダーウィンはメンデルの論文について知らなかったとされている。無名の地方雑誌に発表されたことと、ダーウィンが遺伝学説についてまったく言及していないことがその根拠だ。
『種の起源』はなぜ読みにくいのか?
『種の起源』を読みにくくしている最大の理由は、やむをえないことだが、今では誰もが知っている遺伝学の知識が入っていないことに尽きる。メンデルの発見の核心は、遺伝形質は「粒子」のように振る舞うということだ。だが、その時代、遺伝形質は世代を経るにつれて混じり合っていくものだというのが「常識」であった。もちろんダーウィンはその「常識」に基づいて説明しているから、なんだか訳がわからなくなってしまっている。
もうひとつの大事なポイントは、ダーウィンは科学書としてではなくて、むしろ神学書として書いたという著者の指摘である。神はすべての種類の生物を創造したもうたのではなく最初にいくつかだけを創り、それらが自然選択によって進化した。『種の起源』は、キリスト教の信者であったダーウィンが、この考えを世間に問うた乾坤一擲の一冊なのである。なるほど、読み通すには遺伝学の知識を忘れて、そういったバックグラウンドを理解すればええんや。でも、それって、難易度高すぎるわ。
正確に面白く、わかりやすく
タイトルからはちょっとちゃらけた印象を受けるかもしれないが、あなどってはいけない。内容はがっつりで、ダーウィンに敬意を払いながら、正確に面白く、そして、わかりやすく解説されていく。この本を読めば、『種の起源』をサクサク読めるようになることうけあいだ。でも、この本で十分とちゃうん? わざわざ読む必要もなくなってしもたわ。ダーウィン先生、ごめんなさい。
生命科学者
1957年大阪・千林生まれ。大阪大学医学部医学科卒業後、内科医から研究の道へ。ドイツ留学、京都大学医学部講師、大阪大学微生物病研究所教授を経て、2004年から大阪大学大学院医学系研究科病理学の教授。2022年に退官し、隠居の道へ。2012年日本医師会医学賞を受賞。著書に、『エピジェネティクス』(岩波新書)、『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)、『考える、書く、伝える 生きぬくための科学的思考法』(講談社+α新書)、『仲野教授の この座右の銘が効きまっせ!』(ミシマ社)、医学問答 西洋と東洋から考えるからだと病気と健康のこと(若林理砂氏との共著 左右社)など多数。
(本原稿は、『『種の起源』を読んだふりができる本』に関連した書き下ろしです)