ダーウィンの『種の起源』は「地動説」と並び人類に知的革命を起こした名著である。しかし、かなり読みにくいため、読み通せる人は数少ない。短時間で読めて、現在からみて正しい・正しくないがわかり、最新の進化学の知見も楽しく解説しながら、『種の起源』が理解できるようになる画期的な本『『種の起源』を読んだふりができる本』が発刊された。
長谷川眞理子氏(人類学者)「ダーウィンの慧眼も限界もよくわかる、出色の『種の起源』解説本。これさえ読めば、100年以上も前の古典自体を読む必要はないかも」、吉川浩満氏(『理不尽な進化』著者)「読んだふりができるだけではありません。実物に挑戦しないではいられなくなります。真面目な読者も必読の驚異の一冊」、中江有里氏(俳優)「不真面目なタイトルに油断してはいけません。『種の起源』をかみ砕いてくれる、めちゃ優秀な家庭教師みたいな本です」と各氏から絶賛されたその内容の一部を紹介します。

「すべてがメスで無性生殖だけで生きており、完全な脱水状態や凍結状態でも生き延びる…」。“永久凍土”からも発見、約2万4000年前の状態からも蘇生する「衝撃の生物」の正体とは?画像はイメージです Photo: Adobe Stock

シチメンチョウの房毛

 それにしても一世紀半以上も前に、オス同士の闘いだけでなく、鳥の囀りや派手な羽なども性淘汰の例だと見抜いたダーウィンの洞察は驚嘆に値する。

 もっとも、シチメンチョウの胸にある房毛は性淘汰によって生じたものではないとダーウィンは考えたが、それは誤りである。

 人間にとって美しく見えるものだけが、性淘汰の対象になるわけではない。たとえ人間には醜く見えても、シチメンチョウの胸にある房毛は、性淘汰の対象になっている可能性が高いのである。

 私は、ほぼすべての育種家が持っている信念と一致する事実を、大量に集めてきた。それは、動物でも植物でも、異なる変種間の交雑、あるいは同じ変種内の異なる系統間の交雑は、丈夫で繁殖力の高い子を生じるのに対して、近親間の交雑では、丈夫さや繁殖力の高さが失われるという事実である。
 こういう事実からだけでも、すべての生物は自家受精だけで子孫を永続させることはできず、ときどきは(ときには非常に長い間隔のこともあるが)他の個体と交雑することが不可欠であるというのが、自然界の一般的な法則であると信じたくなる。もっとも、なぜこんな法則があるのか、という理由はまったくわかっていないのだが。(『種の起源』96-97頁)
 陸上には、カタツムリやミミズなどの雌雄同体の動物が生息している。しかし、繁殖するときには、これらもすべて交尾をするのである。(『種の起源』100頁)

ダーウィンの優れた観察

 子孫を永続させるために、ときおり他の個体と交雑することが、自然界の法則である、というダーウィンの推論は、多くの観察から導かれたものである。

 前記の引用文ではカタツムリやミミズの例しか挙げていないが、その他にも多くの例が『種の起源』に挙げられている。

 たとえば、同じ一つの花の中に雄しべと雌しべがあっても、それぞれの成熟する時期がずれているために、同じ花の花粉で雌しべが受粉しないようになっている(つまり自家受精しないようになっている)例などだ。

 有性生殖も含めて、他の個体と交雑することが、生物が存続していくために重要であることは、現在でも広く認められている。

 ダーウィンの時代には、その理由はまったくわかっていなかったが、現在でも完全に解明されているわけではない。

性を捨てた生物

 たとえば、ごくまれに性を捨てた多細胞生物が存在するが、それらがどうやって生きてこられたのか、今でもよくわからないのだ。

 その代表的な例として、ヒルガタワムシという動物がいる。淡水に棲む小さな無脊椎動物で、近縁種(最近、共通祖先から分岐した種)はみんな有性生殖を行うのに、ヒルガタワムシの系統だけは約一億年前に無性生殖に変化した。

 ヒルガタワムシはすべてメスで、母親と娘は遺伝的に完全に同じである。

 どうしてヒルガタワムシは、無性生殖だけで生きていくことができるのだろうか。一つの理由として、ヒルガタワムシの独特な生活スタイルが挙げられるかもしれない。

永久凍土でも生き延びる

 ヒルガタワムシは代謝を停止して、完全な脱水状態になることで、厳しい環境を生き延びることができる。また、凍結状態でも生き延びることができ、シベリアの永久凍土から発見された約二万四千年前のヒルガタワムシが蘇生して、採餌や繁殖を行ったという報告もある。

 環境がよくなると吸水して元に戻るのだが、乾燥と吸水のあいだに細胞膜などが破損してしまう。

 それを修復するときに、細菌や菌類などのDNAを取り込んで、ゲノムに組み込むことがある。

他の生物の遺伝子を…

 そのため、ヒルガタワムシの遺伝子の八~九パーセントは、他の生物の遺伝子だと言われている。

 この外来遺伝子によって、性がないために起こる遺伝的な不利益をさけている可能性はあるが、詳しいことはまだ分かっていない。

(本原稿は、『『種の起源』を読んだふりができる本を抜粋、編集したものです)

更科功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授。『化石の分子生物学 生命進化の謎を解く』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版新書)、『若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。