相手がまだ緊張している様子なら、テーブルの上のミニカーをすっと走らせてみせる。
「このミニカーの動き、面白いでしょ」。
冒頭の章男氏の藤井氏への発言は、「世の中の人たちが興味を持っていること、面白いと言っていることには、興味を持たないとダメだよ。皆、トヨタのクルマを買ってくださるお客様なんだから」と続く。章男氏は秋葉原のAKB劇場にも通ったという。
効率性が何よりも重視される現代において、一見「無駄」に見えるこの行動は、一体何を意味するのだろうか。世界を動かすリーダーが、なぜ本業と関係のないことを大切にするのか。
「創業家の息子」という立場ゆえに身についたコミュ力
もちろん、庶民が何に興味を持っているかを経営に活かすこともできるのだろうが、この会話術自体が、コミュニケーションの本質を問い直すきっかけにもなるかもしれない。
章男氏による、この興味深い雑談には、創業家出身という特殊な背景があるように見える。相手が身構えてしまう、その壁を取り払い、対等なスタートラインに立つ。そのための切実な戦略として、自然と身についた技が「アイスブレイク」だったのだ。
アイスブレイクとは、会議や会話の初めにある緊張感を壊し(break)、和やかな空気を作るための、ちょっとした会話や行動のことである。つまり雑談、英語ではスモールトークなどと表現される。冒頭で触れた「トトロ」「AKB」も、そのアイスブレイクの手段として活用されるわけだ。
この視点に立つと、雑談は単なる場を和ませるための小手先のテクニックではなく、極めて戦略的な営みであることが見えてくる。
そして、この雑談の効果は感覚論にとどまらない。
スイスの言語学者パトリシア・プリン氏の論文『スモールトーク、ラポール、そして国際コミュニケーション能力』は、スモールトークがビジネス環境において果たす役割を実証的に明らかにしている。
研究によれば、雑談には主に4つの具体的な効果があるという。