壁に一面に祖母の写真
祖母のいる四畳半の前まで来ると、扉がもう既に異常事態を知らせていた。襖は破かれて部分部分が新聞紙で補修されている。その向こう側に、丸まった祖母の背中が影になってうつらうつらと揺れていた。
「おばあちゃん、ただいま」
「だあれ。いやあ~弓子ちゃんやないの。どしたの~。何年ぶりかねえ。うれしいわあ、よう帰ってきてくれたなあ」
「ちょっと、おばあちゃんなんで正座なんかしてるんよ。こたつ入りいや。あれ、こたつ電気入ってないやん」
こたつの中は氷のように冷たかった。スイッチを入れようにも、電源コードそのものがない。どこにも電源コードが刺さっていないのだ。この真冬に。
「今ね、おばあちゃん反省してるんや。だから正座してやなあかんねん」
「反省? 一体何したんな? それよりなんなんこの写真。おんなじ写真いっぱい貼って」
壁にぺたぺたと貼られた二十枚ほどの写真はすべて同じもので、写っているのは背中の丸まった祖母の後ろ姿であった。なんなんだこれは。まるで電波ハウスではないか。
「鞠子ちゃんがねえ、おばあちゃん腰が曲がってるのがかっこ悪いって注意してくれるんやけど、おばあちゃんすぐ忘れちゃうもんやから、鞠子ちゃんが写真見て肝に銘じなさいってゆうてな、いっぱい焼き増しして貼ってくれたんやよう」
全身の産毛が逆立つのを感じる。背筋が寒くてたまらない。人は、あまりにも理解できないものと遭遇すると、リアクションが取れないのだなあと実感した。
わたしは無言で写真を一枚一枚、剥がしていく。まるめたセロハンテープの黄ばみ具合からして、これがつい最近貼られたものではないということがわかった。
「ダメよ! 剥がしたらダメなんよ! 鞠子ちゃんとの約束なんやから。弓子ちゃん、お願いやから、剥がさんといて」
わたしは手を止めて、祖母の隣にくっついて座った。一緒にこたつに入るよう促そうと握った腕が、小枝のように細かった。わたしはセーターの袖を強引に捲った。
「あっ」
祖母の腕は二の腕から肩にかけて、熟れたざくろのように紫色に腫れていた。
「違うの、違うのよ弓子ちゃん。これはね、全部おばあちゃんが悪いの。おばあちゃんが失敗ばっかりして鞠子ちゃんの機嫌損ねるようなことばっかりしてしまうからやの。誰も悪くないの、おばあちゃんが悪いの」
瞼の裏に最悪の絵が鮮明に浮かんだ。ある程度は最悪を予想して、覚悟の上で帰省したつもりではあった。しかしそんな予想を簡単に超えてくるのが現実なのかもしれない。
(本記事は、北村早樹子による小説『ちんぺろ』より一部を抜粋・編集しています)
1985年大阪府生まれ。高校生の頃よりシンガーソングライターとして活動。アルバム5枚とベストアルバム1枚を発表する。映画や演劇の楽曲制作や、俳優としての出演なども行う。デビュー作となる小説『ちんぺろ』(大洋図書)が各所で話題。



