夢を語れない大人たちが、子どもたちにも暗い影を落としている…?プロ陸上選手を引退後、スポーツ教室をはじめとして活躍の場を広げている為末大さんと、ティーチ・フォー・ジャパンを設立して日本の教育界に新風を吹き込んでいる松田悠介さん。教育に問題意識を持つお二人に、今回も夢について多くのことを語っていただきました。(全3回:撮影 宇佐見利明)
何かをして失敗するリスクより
何もせず変われないリスクが怖い
松田 夢への挑戦にはリスクがつきものです。たとえば夢のために転職したからといって、必ずうまくいくとはかぎりません。為末さんは100メートルからハードルに転向してメダルを取りましたが、ハードルへの転向に躊躇はありませんでしたか。
為末 僕にとってハードルへの転向は、とくに大きなリスクとは感じていませんでした。むしろリスクを取ったと感じたのは、23歳で海外のグランプリに一人で行きはじめたことです。それまで一人で海外に行ったこともなければ、英語も話せませんでしたから。
あとは25歳で会社を辞めて、プロ陸上選手になったこともそうですね。プロになるというだけで十分にリスクでしたが、当時は「陸上のプロ選手」は誰もいなくて、前例がなかったんです。
全米で就職ランキング第1位になったティーチ・フォー・アメリカ(TFA)の日本版「ティーチ・フォー・ジャパン(TFJ)」創設代表者。大学卒業後、体育科教諭として中学校に勤務。体育を英語で教えるSports Englishのカリキュラムを立案。その後、千葉県市川市教育委員会 教育政策課分析官を経て、ハーバード教育大学院修士課程(教育リーダーシップ専攻)へ進学し、修士号を取得。卒業後、外資系コンサルティングファームPricewaterhouseCoopers にて人材戦略に従事し、2010年7月に退職、現在に至る。世界経済会議Global Shapers Community メンバー。経済産業省「キャリア教育の内容の充実と普及に関する調査委員会」委員。
松田 種目を変えるのもそうですが、生活を変えるのは勇気がいることですよね。
為末 はい。それと陸上選手として振り返ると、29歳のときにハードルを1年辞める決断をしたことも賭けだったと思います。
松田 1年も休んだんですか!
為末 ええ、そのころ僕のハードルの技術はある程度完成していて、のびしろがほとんどありませんでした。でも、金メダルを取るためには何か別のチャレンジをしないといけない。そこでハードルを一時的に休んで、走力をガンと上げるためのトレーニングに集中したのです。
松田 でも、ブランクをつくると走りが崩れる可能性もありますよね。休んだ後に当時と同じタイムが出せるという保証もないですし。
為末 それがまさにリスクです。ただ、挑戦すればある状態に到達できるかもしれないのに、何もせず変わらないまま過ごしてしまうことのほうが怖い。僕にとっては、何かをするリスクより、何もしないリスクのほうが大きかった。そういう意味では、ハードルの一時的休止もたいしたリスクではありませんでした。
「リスクを取ること」と「無謀な挑戦」は
まったく違う!
松田 僕も同意見で、何もしないより積極的に挑戦したほうが長い目で見てリスクは減ると考えています。しかしまわりで転職や独立する人を見ていると、無謀としか言いようがないケースも少なくない。そうなると、「リスクを取って挑戦したほうがいいよ」と気軽に言いづらくなっちゃって。リスクを取ることと無謀な夢を追うことの違いって、いったい何でしょうね。
為末 無謀な挑戦をする人は、シミュレーションをしていないのではないでしょうか。実際に行動したら何が起きるのかということを深く考えていないから、リスクをリスクとして認識できないのかも。
松田 なるほど、たしかにリスクテイクする人は、飛び出す前にきちんと計算をしていて、リスクを軽減するために精一杯の努力をしたり、うまくいかなかったときの対策も用意していますよね。そうした準備をせずに「とにかく飛び込め」では、うまくいくものもうまくいかなくなる。
為末 そう思います。真剣にシミュレーションをすれば、自ずとリスクは見えるはずです。リスクを知って対策したうえで挑戦するのと、リスクに目をつむって飛び込むのは違う。夢を追うときは、そのことを意識したほうがいいでしょうね。