小渕恵三 Photo:SANKEI
総理就任当時、「凡人」「冷めたピザ」と世界中から揶揄された小渕恵三。しかし、心ないバッシング記事を書いた記者には「ありがとう」と電話をし、無礼な取材にも怒ることなく、あえて鈍感であり続けたという。批判の声を楽観的に、そしてユーモラスに受け流す父の真意を、小渕優子が述懐する。※本稿は、衆議院議員の小渕優子著、政治ジャーナリストの青山和弘編『わたしと父・小渕恵三』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
「あまりに普通で優しい父」が
反対を押し切り総裁選出馬を表明
〈1998年7月に行われた参議院選挙。自民党は高い人気を誇る橋本龍太郎総理の下で堅調な戦いが予想されていた。しかし、厳しい経済状況の中での恒久減税を巡る発言の迷走などで投票日直前に情勢が急激に悪化。雲行きが怪しくなる。投開票当日、すでに自民党の敗北は濃厚となっていた〉
後藤謙次さんの『ドキュメント平成政治史2』(岩波書店)によると、投開票日の夕方、竹下登さんは電話で父に対して「今日は何も言うな。何か言えばそれで終わりだ」と忠告したということです。すでに次に向けた動きが始まっていました。
午後8時、投票箱が閉まると自民党の惨敗が決定的になり、橋本総理はほどなく辞任する意向を明らかにします。
父はすでに決意を固めていたのでしょう。翌朝、同じ派閥の西田司さんや綿貫民輔さんが総裁選への対応を尋ねると、こう即答したそうです。
「お世話になります」
父の意向を受けて小渕派は、会長である父の擁立で決まりかけます。しかし、同じ派閥の梶山静六さんが突如出馬に意欲を表明。







