世界的なベストセラー『嫌われる勇気』の著者である古賀史健氏の新刊、『集団浅慮 「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか?』が発売され、早くも大きな反響を呼んでいます。自著としては「最初で最後のビジネス書かもしれない」という思いで書かれた同書のきっかけとなったのは、2025年に社会に大きな衝撃を与えた「フジテレビ事件」とその「第三者委員会調査報告書」でした。
同報告書でも問題の本質として示唆された「集団浅慮」は、米国の社会心理学者アーヴィング・L・ジャニスが提唱した概念です。フジテレビは、なぜ「集団浅慮」に陥ったのか? 今回はメンバーの安心感を守るために生まれる「同調圧力」と「心理的安全性」の関係性を見ていきます。

密室の会議Photo: Adobe Stock

集団は「熟慮」を嫌う

 組織における「安心感」と聞いて、真っ先に思い出すキーワードは「心理的安全性」ではないだろうか。

 心理的安全性は、2020年代のビジネスシーンでもっとも語られたことばのひとつだ。その最大のきっかけとなったのは、Google社による「プロジェクト・アリストテレス」である。同社では、2012年から約4年の歳月をかけて社内180を超えるチームを調査し、パフォーマンスの高いチームにはどのような共通項があるのかを分析していった。その結果、5つのキーワードが浮かび上がる。

①心理的安全性(Psychological Safety)
……チームのなかで安心して発言できること
②相互信頼(Dependability)
……チームメンバー同士に責任をもって仕事をやりきる信頼感があること
③構造と明確さ(Structure & Clarity)
……チームメンバーが自分の役割や責任を明確に理解していること
④仕事の意味(Meaning of Work)
……その仕事に(個人としての)意義や価値を見出していること
⑤仕事のインパクト(Impact of Work)
……自分の仕事が組織や社会にインパクトを与えていると実感できていること

 そして同プロジェクトは「われわれが見出した5つの成功因子のうち、心理的安全性の重要性は群を抜いている。それは他の4つの土台なのだ」と結論づけた。安心してリスクを取れること、失敗しても人格否定されないこと、などがその本意である。また、「心理的安全性」の提唱者であるハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授は、心理的安全性の確保された組織のことを「フィアレスな組織(恐れのない組織)」と呼ぶ。

 ではここで、同調圧力と心理的安全性の関係を見ていこう。

 普通に考えると、同調圧力の強い組織に心理的安全性はない。「出る杭は打たれる」のが同調圧力であり、「わたしはいつでも出る杭になれる(異論を唱えることができる)」と思えるのが心理的安全性だからだ。

 しかし、自分が同調を促す側にまわった場合はどうだろうか。

 まっとうな批判精神を鈍麻させ、出る杭(逸脱者)が現れたらそれを打ち、ムラ社会のなかでのんびり過ごす住民となった場合は。――もしかしたらそこには歪んだかたちの心理的安全性があり、「フィアレスな組織」があるのかもしれない。

 くり返すが凝集性とは、メンバー間の結束力、団結心、一体感などを表す言葉だ。シンプルに「仲の良さ」と言ってもよく、ジャニス自身、そこにあるのは「リラックスした陽気で友好的な雰囲気」であり、「クラブのような雰囲気」だと述べる。内輪ノリや業界ノリが支配する、ある種の選民意識にもつながる居心地のよさがあるわけだ。

 そして彼らは、その居心地のよさを優先するあまり、インフォーマルな規範をつくり、全会一致を強く求める。逸脱者を許さず、ストレスフルな言い争いを避け、「これでいいんだ」と自らを信じ込ませる。

 激しい議論は「クラブのような雰囲気」にそぐわない。批判や対立は、愛社精神を揺らがせる。逸脱者の存在は自らの正しさに疑念を生じさせ、過度なストレスを呼ぶ。そして日本的とも言える特徴を付記するなら、全会一致である限り、誰も責任を取る必要がない。

 こうしてまともな議論もないまま、他の選択肢を考えることもしないまま、その決断によって引き起こされる悲劇的な結末に思いを巡らせることもせず、安易な全会一致を求めるプロセスこそが、「集団浅慮」だ。

 凝集性の高い集団は「議論」を嫌い、「熟慮」を嫌うのである。

 ここでフジテレビの対応を思い出してほしい。

 港社長、大多専務、G編成局長の3名は、女性Aから直接相談を受けたE室長の報告に耳を傾けた。それは「相応に具体性をもって」報告された。中居氏から性暴力を受けた、ということは全員が理解していたはずだ。

 しかし、彼らはなにもしないことを選んだ。女性Aの声を聞こうともせず、中居氏へのヒアリングもおこなわず、主治医や産業医(C医師・D医師)などの専門家にアドバイスを求めることもせず、そのまま中居氏の番組出演を継続させた。同年10月の改編期はもちろん、翌年4月の改編期でも、中居氏の起用は続けられた。
女性Aが自死する危険性を強く恐れた、だから刺激してはいけないと思った、と口を揃えて彼らは言う。自分たちはほんとうに心配していたんだ、命はなによりも大事じゃないか、と訴える。

 ――違う。問われているのはそこじゃない。

 問題は、「命」を自他への言い訳にして当事者や専門家の声を聞くこともせず、他の選択肢を一切考慮せず、ただ「大ごとにしてはいけない、刺激してはいけない。だから動かず、しゃべらず、復帰を待とう」と安易に全会一致した、その集団浅慮にあったのだ。